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第十五章:まっしろ


 ――翌日。
 自家用ヘリと、雪菜にチャーターしてもらったヘリ数台で空港まで行った俺たち一行は、あらかじめ発注しておいた自家用ジェット機と御対面。
 真っ白な機体に俺の苗字がローマ字で彫られているというなんとも、こっ恥ずかしいデザイン。
 注文時にドヤ声で意気揚揚とデザイナーに指示出しをしていたあの時の俺が眩しいぜ。
 今になってオーダーメイドになんてするんじゃなかったと、すこぶる後悔している。
 悔やんでも悔やみきれないほどに恥ずかしい。
 しかしパイロットは驚くべきことに、あのハリウッド映画、チョップガンでもパイロットを務めたアドルフ・オフェラートという元軍人の方が操縦してくれるそうだ。
 その映画見たことないけど、なんか凄い。雪菜のコネクションの広さにも驚きである。

 ひと度、機内へと足を踏み入れると想像を遥かに凌駕するインテリアのラグジュアリー感に圧倒された。俺は思わず感嘆の声を漏らし、尻を地面に打ちつけた。
「う、わ……」
 重厚で高級感溢れる純白のソファと大理石や純金で出来た装飾品の数々。
 奥には最新鋭の技術を搭載した高性能キッチンや、お風呂なんかもあるらしい。
 さらに機体の後部はプライベートスペースとなっていて、長時間の旅で疲れないように足を伸ばしたり、のんびりと、くつろげる空間があるようだ。
 おおよそジェット機の中とは思えない内装に驚きながらも、おそるおそる座席に座ると、これまた抜群の座り心地。
「んはぁ」
 まだ出発もしていないのにも関わらず、天上の満足感に浸っていると先行して案内をしてくれていた雪菜が、ちょいちょいと俺の肩を突っついた。
「ご主人。パイロットのオフェラート殿が少し話をしたいと」
「あ、パイロットのオフェラさん?」
 慌てて席を立って振り返ると、『彼』はそこにいた。
 モミアゲから鼻の下と顎一面にかけて真っ白な髭を生やした七十歳くらいの老人が満面の笑みでこちらを向き、右手を挙げている。
 軍服につけられている大量のバッジが神々しく光を放っていて、階級の高い軍人であったことが窺える。
「ヤアヤ、ハジメマシテ」
 彼の唐突な挨拶にアドリブの利かない俺は吃りながらもなんとか挨拶を返す。
「ボ、ボンジョールノ! ってあれ、日本語?」
「ご主人、オフェラート殿は日本語ペラペラだわさ。それと、それはイタリア語。オフェラート殿はドイツ人だからグーテンタークだわさ」
 間髪入れずに雪菜がツッコミを入れる。
「あ、ははは。グーテンターク」
 本気で間違ったが、掴みはバッチリで好感触だったようで。
「ハハハ! 面白いボーイだね。君が、あー……ミスタープレイボーイ? 孫が世話になってるようでワシも安心だ」
「ミスタープレイボーイってなんとも複雑な呼び名ですね……って孫?」
「……孫から聞いていないのかい? うーん……お祖父ちゃんは悲しいぞ」
 オフェラートさんが悲しい表情をしたところで、すかさず雪菜がフォローに入る。
「オフェラート殿は日虎真琴殿のお祖父様なのだわさ。ちなみに御年、八十二歳だわさ」
「え!? 日虎さんの!?」
「いかにも。ワシは真琴のお祖父ちゃんじゃ!」
 そう言うとオフェラートさんの腕は俺の背中へと伸び……俺を羽交い絞めにした。
「おうふ! ちょっ、なに、を」
 突然の熱い抱擁から抜け出そうと身をよじるが、老人の力とは思えないほどに強く、まるで頑丈な鎖のようにびくともしない。
「……ミスタープレイボーイ、真琴とはどうなんだ?」
「な、どうって……」
 なんとか顔を上げてオフェラートさんの顔を見ると、シワくちゃな顔をよりシワくちゃにして、至極不安げにこちらを見ていた。
「真琴を抱いてくれたのか? 真琴は女としてどうだったかい? ミミズセンビキだったかい?」
 一転して、目をらんらんと輝かせたオフェラートさんにまだ抱いていない事をやんわりと伝えると、いきなり興奮したように声を荒げた。
「なんだって! 真琴をまだ抱いていないのかい! どうしてなんだい! 真琴のおっぱいが筋肉質だからかい! それともアソコの毛が毛深――」
 ――瞬間。何が起こったのか理解出来なかった。
 羽交い締めにされていた身体が一気に軽くなったと思ったら、目の前からオフェラートさんが消えていて……。

 代わりに日虎さんが立っていた。左足を軸にし、右脚を上げて。
「オーパ! 彼に何を聞いているんです!」
 彼女の怒号で俺はようやく理解した。
 あの、いつも穏やかな日虎さんが。あの、いつも優しい日虎さんが。
 今まで見せたことのない激昂した表情で実の祖父を蹴り飛ばしたのだ。
「いい蹴りだ。鍛錬は怠っていないようじゃの、真琴」
 顔の前で両腕をクロスさせたオフェラートさんは何食わぬ顔で立ち上がり、そう言い放った。
 何者だ、この二人。やばい。
 何がやばいってオフェラートさんが背にしていた大理石のオブジェが粉々になっているのがやばい。
「あの状況で咄嗟にガードですか」
「当たり前じゃ。誰がお前を鍛えたと思っとるんじゃ」
「さすがはオーパです。……でも、反省してください! 彼に変な事を言うのはやめていただきたい!」
 日虎さんは振りかぶって、凄まじい右ストレートをオフェラートさんの顔面めがけて炸裂。
「だってお祖父ちゃん心配なんだもの! まだ抱いてもらってないっていうし!」
 その拳をいとも簡単に手のひらで軽く受け止めるオフェラートさん。
「そ、それは……ってお祖父様が心配することではないでしょう!」
 左ジャブ、右ストレートと交互に連弾を放つ日虎さん。そして、子どもをいなすようにそれを軽々と防ぐオフェラートさん。
 会話は心配性のお祖父さんと孫の会話そのものだったが目の前の激戦は目に余るものだった。
 二人をこのまま争わせていたらジェット機が破壊されてしまう。
 そう確信した俺は、絶妙のタイミングで二人の間に割り込んで――。

「お祖父さん! 心配しなくても今夜抱きますから! 安心してくださいっ!」
「な、なななっ!?」
 体勢が崩れた日虎さんの両肩を優しくオフェラートさんが支える。
「それを聞いて安心したわい。これでいつ逝っても安心じゃ。もしかしたら操縦中にポックリ逝ってしまうかもしれんが」
「「「それは困ります」」」
 俺と日虎さんと雪菜の声が三重に重なる。奇跡のコラボレーションだ。
「ジョークじゃよ」
 それだけ言うと、トボトボとコックピットへと戻っていった。
「大丈夫なのか、あれ」
 思わず不安を口にした俺に、日虎さんはコホンと咳払いをして俺の頭を撫でた。
「少年が心配するのも無理はないが、オーパの操縦はドイツ軍の折り紙付きだ。一線を退いてはいるが普段から学生相手に講師をしている。安心していいぞ」
「日虎さんがそこまで言うのなら安心ですね。……ところで日虎さん」
「なんだね、少年」
「前々から気になっていたのですが、俺の事を少年って呼ぶのやめません? 年齢からして少年ではないですし」
 そう言うと少し考え込み、
「それもそうだな。すまない。それでは少年は体位を極めているから大尉殿と呼ぶことにしよう」
 と至極真面目な顔で親父ギャグをかましてきた。
 この表情から察するに本人は至って真剣なのだろう。
「それでは大尉どの、そろそろ離陸の時間が近づいてきました。皆を呼んで席につきましょう」
「イェ、イエッサ!」
 外で待機していたセレン、睦月ちゃん、藍田姉妹を呼び、席に着くとオフェラートさんの声でアナウンスが流れた。
 先程とはうってかわって真面目な雰囲気のオフェラートさんに一同……特に俺に緊張感が走る。

 しばらくして、エンジンから発せられた轟音と共にやってきたのは耳管が詰まったような嫌な感覚。
 飛行機の着陸時によく起こる例の症状だ。
 咄嗟に鼻をつまんで口を閉じ、鼻をかむように息を吹き出す。
 最も手軽に出来る耳抜きの方法でプロのダイバーも使っているものらしい。
 カナヅチの俺はダイビングで使うことなどありはしないが。
「しっかし、この耳がキーンとなるのはホント慣れないな」


 ―――――――― 

「んぁ……」
 乗り込んでから何時間経っただろうか。どうやら俺は疲れて眠ってしまっていたらしい。
 膝の上に違和感を感じて、目を開けると右隣に座っていたはずの睦月ちゃんが気持ち良さそうに寝ていた。
「なにこれ、デジャヴ?」
 以前にも同じような事があった気がしながら睦月ちゃんの寝顔を見つめる。
 参ったな、これじゃ動けないじゃないか。寝顔、すっげえ可愛いんですけど。
「セレンは……ずっと起きてたのか?」
 窓の縁に手を乗せ、外を食い入るように見ていた左隣のセレンに顔だけ動かし、声を掛ける。
「さすがにちょっとは寝たわよ。でもこの風景は見ないと勿体無いでしょ」
 そう言ったセレンに裾を引っ張られ、窓の外を見るように促された。
「ん、なんだよ」
 膝の上で寝ている睦月ちゃんを起こさないように首だけを伸ばして外を見ると――
 そこには見たこともない大海原が広がっていた。
 吸い込まれそうになるほど際限のない美しさと透明感のある青。
「う、わ……すげ……」
「でしょ? みんな寝てるし、今だけはこの景色、独り占め。……いや、二人占めよ」
「そうだな……二人だけの景色だ」
 あんなに凄い携帯を貰ったのだから、プログラム達成までに使いまくらないと損だと思ったのは間違いじゃなかった。
 島とジェット機の値段に一瞬でも躊躇した俺がバカだったぜ。
「到着までまだ何時間かあるわね。私、もう少し寝るわ」
「……俺もそうする」
 ジェット機の程よい揺れを感じながら俺とセレンは目を閉じた。

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