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第十五章:まっしろ


 桜も羨む、春。青い春。
「いや、ピンク色の春ッ!」
 少し大袈裟に両手を広げ、今日という日を讃える為に天を仰ぐ。
 昔では考えられなかった、この感情。
 周囲の何もかもが、微笑んで俺を祝福しているように見える。
「本当に、清清しい朝だ」
 居間の締め切ったカーテンを開けると見事に雨! 大粒の雨が間断なく降り注ぎ、時々雷鳴を轟かせている。
 俺は無言でカーテンを閉め、気持ちを切り替えることにした。
 あの、とても現実だとは思えない空想科学のような出来事から数年が経ち、
「俺は晴れて、今日!」
 ついに達成したのだ。少し寂しくもある。
 しかぁし! これは誇るべき事であり、後世に語り継がれるであろう重要事項である。
「そう俺は!」
 高く上げた右腕を空中で固く握り締め、勢いよく振り下ろし、少し大袈裟にガッツポーズ。
「少子高齢化対策、同居プログラム――達成ッ!」
 やりきった感を存分に出し、満足したちょうどいいところで、黙って見ていた秋穂さんが、
「……満足したかい?」
 と、少し呆れた顔で溜息を漏らした。
「はい。やりきりました」
「それは良かった。けど、いきなり君が部屋を飛び出して、何か押っ始めるから驚いたよ」
 それからコホン、と一つ咳をして。
「まぁ何にせよ、プログラム達成おめでとう」
「ありがとうございますッ!」
「わずか三年で同居プログラムの規定である人数を孕ませた君には惚れ惚れするよ」
「掘らないでください」
 お尻を押さえながら、頭を下げる俺に、
「ペニスねーから掘れねーよ」
 と言った秋穂さんの顔は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
 虚ろな目の秋穂さんが怖すぎて俺は咄嗟に謝った。
「すみませんでした」
 そんな俺を一瞥すると、気を取り直すように咳払いをしてから何やら書類を出してきた。
 やたらと多く文字が書かれた紙の束が十枚程度。
 秋穂さんの人差し指は、その一番下にあった紙のある部分を指差し、こう言った。
「それじゃ、ここにサインして」
「なんですか、これ」
「子供の養育費や生活はすべて国の税金で賄われ、保障される――と前に説明したと思うけど、その確認書類みたいなものかな」
「おお……」
「おお、って……。説明、したよね。最初に研究所で会ったときに」
「いや、すっかり忘れてました」
「全く君って奴は……」
 額に手を当て、俺の将来を案じて嘆く秋穂さん。
 心配してくれるのは嬉しいが、残念ながら俺は先の事など何も考えていない。
 俺は現在(いま)を生きる男だ。
「君ね。子供の養育費は国の税金で保障されるけど、君の今後の生活は保障されないんだぞ?」
「えっ。そ、そうなんですか……?」
 オーマイガッ。国民の血税の上で、あぐらを掻いて生活をするという俺の野望が今、打ち砕かれた。
「この家も来月には元の家主に返却される予定だし、今からどうするか考えないと本気でヤバイぞ」
 そして憐れむような目をしてから、俺の肩に手を置くと、諭すように語り始めた。
「……君、もうすぐ三十路だろ?」
「はい」
 よくよく考えて見れば実験開始から、三年もの歳月が経っているのか。
 そういえば顎に少しばかり髭も生えた。オッサンになった証拠か。
 もう子供では居られないってことか……まぁ、二十代半ばも大人だけれども。
「仕事とか誰かと所帯を持つとかさ、そういう将来のビジョンみたいなのってないの?」
「特に今の所は……」
「ないのかよ。……それじゃ、今したい事は?」
 顎に指を当てて考えてみるが、今の俺には、やはり一つしか思いつかない。
「そうですね……。やっぱ、セックスですかね?」
「アレだけヤっても、まだヤり足りないのか君は。呆れたもんだ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてねーよ」
「……ところで秋穂さん。セックスってプログラム終わったら出来ないんですか?」
 これは今の俺にとっては確認しておかなければならない、最重要事項である。
 出来なければ俺の予定が狂ってしまう。今後の俺の予定が。
「もちろん出来るさ。プログラムが終わった今、中出しという制限もないし、セックスするしないは本人たちの自由意思で決まる」
「つまり?」
「つまり自由に恋愛なり、結婚なりしてセックスすればいいってことさ」
「おお……」
「ただし、子供を作っていい数は限られているがね。それに多子若年化が進みすぎるとそれはそれで問題に――」
「なるほど。それだけ聞ければ充分です」
 首を傾げる秋穂さんに続ける。
「さっき、今したい事があるかって聞きましたよね? 実はもう何をするか決めているんですよ」
「ん? セックスじゃないのかい?」
「セックスは結果論です。申請すれば旅行に行けるって以前聞いてたんで数日前に申請をしておいたんですよ」
「旅行だって!?」
「ええ。そんでまぁ、明日がその出発日なんですよね、実は」
「そ、そんなのしらなかったぞ。ずっと監視していたがそんな素振りみせなかったじゃないか!」
 今まで黙っていたことに腹を立てたのか、秋穂さんは吃りながらも声を荒げる。
 そんな秋穂さんを冷静に見つめながら、俺はゆっくり深呼吸をして、一気に捲し立てた。
「監視は衛星からだけで携帯の内容や履歴は監視してないんですよね。そこを突かせていただきました。盲点でしょう?」
「そ、それは個人情報保護法の観点で……でもなぜ君がそのことを……」
「まぁ、ちょっと協力者から。ちなみにネットオークションで南国の無人島を落札したので多額の請求額が来ると思いますよ」
「む、無人島だって!? 僕は何も聞いてないぞ……」
 青ざめた顔で秋穂さんが言う。
 まさかあの携帯で、いや国民の血税でそんなものを買うなんて誰が想像しただろうか。
 俺です。俺がやりました。
「そりゃまぁ、皆に内緒にしてもらってましたし」
「どうしてそんなことを……」
「そんなの決まっているじゃないですか。秋穂さんがついてくると面倒だからですよ」
 少しだけ秋穂さんに対して同情の気持ちが湧きつつも、それを完全に頭の中で払拭して続ける。
「あ、ちなみに明日ついてきても無駄ですよ。その島は俺のプライベートアイランド、いわば俺の王国なので俺が許可した人以外は入れないようになってます」
「王国って……本気か」
「ええ。それに護衛は雪菜の、何とかっていう直属軍隊にお願いしてますしね」
「雪菜が協力者か、あいつめ……」
「と、言うわけで納得して頂けたでしょうか。いろんな意味で今までお世話になりました。お帰りはあちらです」
 呆気に取られている秋穂さんにサインした書類を渡して無理やり外へと追い出し、俺は明日の準備へと取り掛かった。
 これで俺は秋穂さんに縛られることのない自由の身になったのだと身に染みて感じながら。

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〒 ……次回、南国編突入。
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