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第十三章:ザ・フラグ


 駅ビルにはさすがに大人のおもちゃ屋はないだろうと携帯で調べてみると、ビルの外から商店街の方へ歩いた先にアダルトグッズ専門店があることが分かった。
 しばらく歩くと“あだるといず”とポップなロゴで書かれたデカデカとした看板が目に入った。
「お、ここかな?」
 店内は3階建てで、1階がDVD売り場、2階がグッズ売り場で3階がコスチューム売り場。
 1階が物凄く気になるが、どうせ買ったところで家じゃ見れないし、オナニーも出来ないんじゃ意味がない。2階へ繋がる階段を登り、一番最初に目に付いたのは全裸の女体。
 そう、ダッチワイフだ。
「今みたいな生活にならなかったら、きっとお世話になっていただろうな」
 ビニール袋に入ったダッチワイフのピンク色の突起を、クニクニと摘まみながら思いに耽る。
 70万のダッチワイフ、そういえばこの携帯でなんでも買えるんだっけか……。
 いや待て、俺。買ったとしても持ち帰るのが大変だ。
 背中に背負っていて、死体かと勘違いされて職質なんて恥ずかしすぎる。
 諦めよう。それに今日は誕生日プレゼントを買いにきたんじゃないか。

「でも……オナホール1個ぐらいならいいよな」
 エロの誘惑には、さすがの俺でも勝てない。
 スイーツ思考のOLではないが、普段頑張ってる自分のご褒美ってことで1つだけ買うとしよう。
 オナホールと一口で言っても貫通式と非貫通式があり、その内部構造は様々なものがあるらしい。
 イボや触手などの加工を施しているタイプや、本物の膣を再現しているものや歪曲溝穴加工をしているものまで多種多様だとか。
「どれがいいかな」
 最初に取ったのは全体が透明なスケルトンタイプのオナホール。
 手首を回して、180度見まわすが、どの方向から見ても本当にスケスケである。
 非貫通式で先っぽに行くほど径が狭くなっていた。
「キツそうでいい感じだけど、オナホールって丸分かりじゃないか。もっとこう……お、これ良さそうだな」
 次に手にしたのは、部屋に飾ってもおかしくないような近代的なデザインをしたオナホール。
 材質はプラスチックで、非貫通式。しかし特殊な構造になっていて、洗浄が楽なので何度でも使えると書いてある。
「…………ゴクリッ」
 生唾を飲み込み、“バキューム効果抜群、貴方の愚息もビンビン丸”と書かれたソレを無言で買い物カゴに入れた。

 さて、脱線してしまったが、睦月ちゃんへのプレゼントを探すとするか。
 すぐ隣の棚にはバイブや男性器を模したディルドなどが所狭しと並べられていた。
 睦月ちゃんがまだ持ってなさそうなのは、やっぱり新発売系かな。
 オナホールはまだしも、バイブなんてどれがいいのか分からないし、適当にいくつか買っておくとしよう。
 アナルバイブコーナーという所を見ると「こんなの入るのだろうか」と思うほどの極太バイブたちの中に、見覚えのある形状のバイブを見つけた。
「ホタルイカ息子? これって――」
 イカ息子といえば、睦月ちゃんが愛用していたアナルバイブ。
 そのシリーズだと思うが、ヤリイカ息子と比べるとだいぶ小さく、携帯のストラップにつけても違和感がなさそうな大きさだった。
「ってストラップは違和感あるか」
 クスッと一人で笑いながら、側面のイボイボに触れるとピカピカッと本体が青白く発光した。
「おぉっ。なるほど、だからホタルイカか」
 発売日を見ると2日前に発売した新商品のようだった。
「1個目はこれで決まりかな。あとこれと、これと、あ、これも買っとくか」
 ホタルイカ息子の近くにあったアナル用グッズを片っ端からカゴに詰め込んだ。
 そういえば、ローションも風呂場の使ってるって言ってたし、新しいの買っておくか。
 オナホール売り場の方へ戻り、ローションをカゴに入れてレジへと向かった。

「すみません、これください」
 カゴをレジ上に置き、店員の顔を見上げる。
「はい、お買い上げありがとうございます」
「あ」
 目が合った店員は、どうみても女性です本当にありがとうございました。
「どうしました?」
「い、いえ。なんでもないです」
 まさか店員が女性だとは1ミリも思わなかった。
 アダルトショップの店員といったら男性への配慮として男性店員ばかりだと思っていた。
 考えてみれば男は俺以外チンコが溶けてるんだからオナニーするのは女性ばかりか。
 通りでオナホールのコーナーだけ数が圧倒的に少ない訳だ。
 白く綺麗な手で大量の愛玩具を手に取りピッ、ピッと商品のバーコードをスキャンしていく。
 心なしか少し笑っているような気がした。
(そりゃこんなに大量のおもちゃ……しかもアナルバイブばかり買ってるんだ、笑いもするよな)
 全て読み取り終わると、ニコッと笑顔を向けた。
「全部で4750円になります」
「支払いはこれでお願いします」
 恥ずかしさを隠しながらGUMPを卓上の端末へかざした。
「あ、は、はい。ありがとうございます」
 アクセサリー店の店員同様、携帯を見て驚いていたが、あまり長居はしたくなかったので商品を受け取り、店を出た。
「よーし買ったぞー! オナホール使うの楽しみだなぁ」
 背伸びをした後、年甲斐もなく嬉々とスキップをする俺は傍から見ると滑稽に違いない。
 しかもアダルトショップから出た直後なのだから怪しさ満点である。

「この後どうしようかな。帰るか、それとも――」
 その瞬間、後方から何者かが駆け足で俺の横を通り過ぎた。
 ドンッと肩にぶつかり、体勢を崩してしまった。
「いたたたた……あれ?」
 それはあまりにも突然で、一瞬の出来事。
「え? あれ、え? 盗られた?!」
 先ほどまで両手に持っていたはずの大量の玩具と65万円のペンダント、そして携帯が手元から消えていた。
「携帯、携帯がない! やばい!」
 慌てて立ち上がり、追いかけようとするが、追いつけない。
 自分の体力のなさを痛感した。
「クソ! クソ! クソッ!」
 涙目で必死になりながら走る。しかし追いつくどころか、離される一方。
 そうこうしているうちに、ひったくり犯は曲がり角へと差し掛かっていた。
「あ、あぁっ! に、逃げられちゃうっ!」
 俺の悲痛な叫びが町中に響き渡る。
 だが見失いそうになったところで、犯人が急に足を押さえて倒れた。

「な、なんだ……?」
 状況が読めないでいると、背中に銃を背負いメイド服を着た少女が空から落ちてきた。
 いや正確には犯人がいた場所から光の速さでこちらへ来て、空中で1回転した。
 膝辺りまで伸びている髪がふわりと靡き、綺麗に着地した彼女は腰に手を当て、こう言った。

「まったく、手のかかるご主人様なのだわ」
 左手には盗られたはずの荷物、右手には拳銃が握られていた。
「き、きみは?」
 小学生くらいの背丈だが、胸だけは大きめな少女がニヤリと笑う。
「あたいは、雪菜(せつな)なのだわ」
 雪菜と名乗った少女は自らの立場を説明してくれた。
 彼女は由紀さんとは別に、政府の直属軍隊から派遣された戦うメイドで、俺の身辺警護を担当している、いわゆるSP《セキュリティポリス》なのだそうだ。
「SPなんてものが付いていたなんて知らなかった」
「物だなんて失礼なのだわ。あたいは四六時中、あのような輩からご主人様を守っているのだわ」
 足を押さえたまま、ぴくりとも動かないひったくり犯を見ながら言った。
「な、何も殺さなくても良かったんじゃ」
「心配しなくても撃ったのはゴム弾。殺傷能力はないのだわ」
「その銃も?」
 背中に背負った茶色の狙撃銃らしきものを指差し、聞いてみる。
「これはモシンナガンM1891、弾薬はもちろん実弾なのだわ」
 実弾と聞いて言葉を失った俺を見ながら続ける。
「でもこっちは滅多に使うことはないから安心して欲しいのだわ」
「まぁ、それなら、うん」
(滅多に……?)
「それじゃこの荷物は返しておくのだわ」
「お、ありがとう」
 荷物をしっかりと受け取り、ふと、犯人の方を見ると警察官らしき服を着た人間が取り囲んでいた。
 俺の視線の先を見ながら彼女が言う。
「あの輩は部下が然るべき場所に連れて行くから大丈夫なのだわ」
 彼女の部下だったのか、行動が早いな。

「そういえば、ご主人様はこの後どうするのだわ?」
 時刻はまだ昼過ぎ。せっかく外に出たんだし、そうだな……。
「研究所にでも行ってみようと思う。君はどうする?」
「もちろん遠くからご主人様を見守るのだわ」
「どうせなら一緒に行こうよ。ほら、近くのほうが守りやすいでしょ?」
「確かに一理あるのだわ……ご主人様が迷惑でないのならお供するのだわ」
「迷惑な訳ないよ、それじゃ駅に向かおうか」
 こんな可愛い子と外を歩けるなんてデートみたいだ。
 でもロリコンか何かかと思われないだろうか、などと余計な心配をしながら来た道を引き返し、駅を目指すことにした。

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