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第十三章:ザ・フラグ


 いくら徒歩10分と書いてあったとしても実際は15分であったり、20分であったり誤差があるものなのだけれども……。
「本当にちょうど10分で着いた」
 どうやら事前に入力されていた俺の歩幅で歩数、距離を割り出し、到着までの時間を計算したようだった。さすがの機能である。
「それにしても……」
 一面に広がる草原にひっそりと佇んだ小さな駅を見上げた。
「……これはひどい」
 なんというか、予想を大幅に上回る無人駅っぷり。
 木製の小屋に3人掛けのベンチが2つ横並びに置いてあるだけの簡素な作り。
 そして普通、そこに存在しているであろうものがない。
 改札口も、券売機も、駅員も、売店のおばちゃんも……何もかもが見当たらない。
「なんだこの強烈な違和感は」
 田舎ではきっと普通の事なのかもしれない。
 しかし都会育ちの都会生まれの俺にとっては驚きの連続だった。
“こちらにお金を入れて切符をお取りください”
 チラシの裏に手書きで書かれた紙と小さい箱が2つあった。1つには小銭、もう1つには切符が山盛りになっている。
「これが券売……機? なのか?」
 さらに壁に貼ってある時刻表を見てみると電車の本数が恐ろしく少ない。
 2時間に1本くるか来ないかのレベルである。しかし偶然にも来るのは数分後。
 仕方ないのでお金を箱に入れて切符を手に取り、ホームへと向かう。
 もちろんホームには、人っ子1人いない。土曜の朝だというのに。
 その上、線路は本当に電車が来るのだろうかと疑いたくなるぐらいの生い茂る草々。
「これ、大丈夫なのか? 廃駅とかじゃないよな?」
 あまりの状況に不安になり、視線を線路の端から端まで巡らせる。

 すると、どこからともなくカンカンカンと遮断機の鳴る音が聞こえ、電車が来た。
 2両編成の薄汚れたオレンジ色の電車が目の前に止まる。
 ホッと胸をなで下ろし、車内に乗り込むとさっきまでの不安が嘘のように拭い去られた。
(良かった。人が居た……)
 電車内には数人の人が乗っており、音楽を聴いたり、携帯電話をイジったりしていた。
 目的地まで1時間以上あるし、この携帯の機能を少しでも知っておくか。
 ドアすぐ近くの空席に座り、真っ暗だった画面に触れると“新着メール1件”の文字。
(あれ? メールが来てる。秋穂さんからだ、どうせ変な内容だろうな)
(なになに、サルでも分かるGUMPの秘密機能……?)
 さっと目を通すとメールはかなりの長文だったが、ある意味、サルでも分かるような文面だった。

《強力なセキュリティ機能》
 登録者以外が使用できないように、携帯に触れた時点で同時作動する、三次元顔認識システムというセキュリティ機能が搭載されている。このシステムはその名の通り、人間の顔を三次元で認識するシステムで照度・表情・頭の向きが違う場合でも認識される。さらに熱感知・指紋認識システムがあり、登録者以外の手から離れた場合や別の人間が触れた場合には自動的に電源がオフになる。

《連続待受時間》
 バッテリーの保つ時間、つまり連続待受時間はおよそ2000時間。さらに液晶部がソーラーパネルとなっており、太陽光によって充電を行なえる。また室内程度の明度でも発電可能となっている為、電池が切れるようなことはまずない。もちろん通常の充電方法も可能である。

《電子マネー》
 従来の電子マネーの即時決済は当然のこと、ICクレジット機能によりチャージは一切不要で金額の上限はない。またクレジットカードとしての機能もあり、電子マネーが使えないショッピングも可能である。しかしこちらは翌日決済となっている。尚、支払いは全て政府持ち。

(なるほど、色んな機能があるんだな。他に目ぼしい機能は――)
 画面を下のほうにスクロールしていくと興味の惹かれる文章がいくつか目に入った。専用衛星回線を使った高速インターネット回線、マンモスが踏んでも壊れない耐久度など。
 中でも一番目を引いたものは政府直通電話というもの。
 簡単にいうと俺以外のGUMP所有者へ自由に通話することが出来るのだが、その所有者は長々と役職のついた政府のお偉いさんばかりで。にわかに信じがたいことだが現在の首相の名前まであった。
(すごいなこれ、掛ける用事なんてないけども)
 ちなみにミラさんの名前を割と必死で探したが見つからなかった。
(ミラさんの電話番号ゲットならず……)
 どうやら政府の中でも高官しか持つことを許されていないらしく、一般人相手には『この紋所が目に入らぬか』みたいなことが出来るらしい。

「ふぅ」
 秋穂さんの書いた1500字もの長文メールを見終わり携帯を閉じた。
 溜息の矛先、それは語尾に全て“ウッキー!”と書かれていたこと。
(サルでも分かるってそういう意味だったのか、がっかりだよ秋穂さん)

「それにしても長いな」
 携帯のサブディスプレイに映し出された時刻を見たが、まだ20分しか経っていなかった。
 ゆっくりと流れる田園風景を窓越しに見ると都会の姿なんて1ミリもない、山々がずっと続いていた。ミラさんと車に乗っていたときは、長いなんて思ったことなかったのに、1人だとどうしてこんなにも時間が長々と感じるのだろうか。
 独りが苦痛だと感じている自分自身が一番、不思議だった。
(昔はずっと1人だったのになぁ……)
 セレンに睦月ちゃん、雅に纏さん、そして日虎さんに由紀さん。
 みんなと出会って俺も変わったのかな。
 あ、1人忘れてた。秋穂さんは……どうでもいいか。

(あれ? そういえば、うちの学生諸君は学校行ってるのか?)
 セレンは向こうの大学を卒業してるし、雅は道場がうんぬん言っていたし、年齢的に学生は睦月ちゃんだけか。学校に通うにしても毎日この電車乗って登校してるのだろうか、そうだとしたら大変だな。
 そんなことを考えているうちに、うっつらうっつらと、眠気に襲われ始めた。


 ――次は、竜田富良具〜。お降りのお客様は、一両目の一番前の扉からお降り願います〜。
 ――尚〜、後ろの車両の扉は開きませんので、ご注意ください。次は〜竜田富良具駅〜

 竜田富良具(たつたふらぐ)という印象深い駅名を読み上げる鼻にかかったような声の車内アナウンスで目が覚めた。
(ん、寝ちまってた。ちょうど次か……)
 1つあくびをして目を擦ると、目ヤニがびっしりついていた。
 そういえば今日は顔も洗ってないし、歯磨きすらしていない。
 口に手を当て、ハァッと息を嗅いだ。
(よし、臭くないから大丈夫。きっと大丈夫)
 車内アナウンスがもう1度あった後、車輪と線路が擦れるキキィッというブレーキ音を響かせて、電車は定位置に停車した。
 プシューっと音がして扉が開き、一歩外に出るとどこか懐かしい感じのする風景が目の前に広がった。都会の喧騒というほどでもないが、あの最果ての地から1時間ちょっとでこんな都会に来れるとは思わなんだ。ここから見る限り高層ビルなんて大層なものはないが、それなりの人がいて、駅内は活気で溢れていた。
「帰りの電車の時間、メモっておくか」
 これだけ都会だったらもしかすると……と思ったが、家の最寄駅方面への電車の本数は、やはり2時間に1本。さすがに逃して2時間待ちは絶対に嫌だ。
 切符の裏は白色で改札機に通せなかったので窓口で係員に渡し、外へ出た。
 携帯の情報によるとショッピングモールというのは、どうやら駅ビルの事を示していたらしい。
「とりあえず、アクセサリーショップでも探すか。まずは日虎さんのプレゼント探しだ」
 案内板と書かれたプレートの下には黒のミニスカスーツ姿の美女が立っていた。
 むっちりとした太ももを包むストッキング。けしからん、実にけしからんぞ。
 美脚を横目で嘗め回すように見てペニスをおっ勃たせていると、視線に気づいた美女が汚物を見るような目でこちらを見たあと去っていった。
 チッという舌打ちが聞こえた気がしたが気のせいだろう。
 おそらく彼女も俺のように今朝、歯磨きを忘れ、歯の間の食べカスを取る音をたまたま出してしまっただけにすぎないのだと思う。

 エスカレータを使い、2階のアクセサリーショップ売り場へと向かうと、ひときわ、高級感を放っているお洒落な店が目に留まった。
 店員全員がキッチリとした黒のスーツを着こなし、客層も毛皮のコートに襟元にファーがついているような服を着た金持ちそうな人間ばかり。
 場違いだったかな、なんて思うはずもなく俺は満面の笑みで店へと入った。
「いらっしゃいま……あ、いらっしゃっせー」
 店内に入るとホストのような容姿のイケメン店員が俺の身なりを見るなり、明らかに崩れた言い回しにわざわざ言い直した。
 他の店員も場違いな客が来たと言わんばかりの顔でチラチラとこちらを見ている。
(あからさま過ぎるだろ……)
 そりゃ皺のよったポロシャツに虫に食われてるブルージンズを穿いてはいるが、こっちは客だぞ。
 いや、イライラしても仕方ないか。どうみても不釣り合いなのは事実だし。
 少々腹が立ったが、妙に納得してしまった。
 気にすることを止め、近くにあったショーケースへと歩み寄る。
 ガラス製のショーケースには鮮やかな色の宝石に貴金属類、シルバーアクセサリーなどが並べられていた。店員の態度は最悪だったが、素人目から見ても品質は申し分なく、どれも魅力的に思えた。

「どれがいいかな……ん? これ、良さそうだな」
 手に取ったのは、いくつもの小さなダイヤモンドが散りばめられているペンダント。
 いわゆるドッグタグというやつで、“WILLENSAKT”と文字が刻まれていた。
「うぃ、うぃれん、ざくと? 英語じゃないのか?」
 説明書きを見ると“ドイツ語で意志という意味”と書かれている。
 そういえば日虎さん、ずっとドイツに居たって言ってたし、ちょうどいいかも。
 少々値は張るけど、この店のオリジナルらしいし、既に持っているなんてことにはならないだろう。

「あの、お客様……」
 商品にベタベタと触っていたのが気に食わなかったのか、それとも盗むとでも思ったのか、入店時にチラ見をしてきた店員が話しかけてきた。
「お客様、失礼ですが、お金の方はお持ちでしょうか?」
 高圧的な態度で見下ろし、疑いの眼差しでこちらを見ている。
 本当に失礼な奴だな。6万5000円くらい俺の自腹でも払えるぞ。
「金、はないけど……支払いはこれで出来ますよね?」
 あまりの店員の横柄ぶりに、俺らしくもなく声に怒りが混ざってしまった。
 ポケットから携帯を取り出し、GUMPと書かれた側を印籠のように見せると、店員の表情がみるみると変わり、青ざめていくのが分かった。
「し、し、失礼いたしましたっ!」
 唇がふるふると震えだしたかと思うと突然、勢いよく頭を下げた。
「ま、まさか政府の方だったとは露知らず、誠に誠に申し訳なく――」
 震えた声で一生懸命弁解しているようだが、なんと言っているのか余り聞き取れない。
「顔、上げてください」
 それにしても本当にこの携帯で政府関係者だと分かるのが驚きだ。
 昔がどうだったか分からないが今の時代、政府関係者と言ったらエリート中のエリート。
 いい大学を出て、素晴らしい経歴を持っていたとしても就ける訳ではないし、一声で一般人程度なら社会的に潰せるくらいの力を持っている。
 もちろん俺にそんな力なんてあるはずないのだが、彼は怯えきっていた。
「そんなに謝らなくていいですよ。それよりこの商品買いたいんですが。プレゼント用で」
 手に持っていたドッグタグを差し出すと震えた手でそれを受け取り、また深々と頭を下げた。
「お、お、お買い上げありがとうございます。こっ、こちらの商品、65万円のところ、60万円に負けさせて頂きますので先ほどのことは、どうか穏便に――」

(あれ? 65万円?)
 値段の書いてある紙を一桁目から人差し指を差しながら数えていく。
(いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……じゅうまん……65万……?)
 もう1度数えてみたが65万円、ゼロを1つ見間違えていた。
 65000円だと思っていた俺は間違いなく貧乏脳でこの店に場違いである。
 しかしここで引くわけにはいかない。
 恥ずかしいから? 違うな。俺の金じゃないからだ。
 自分のお金だったら間違いなく、お断りしますな価格だが、俺が払う訳じゃないから関係ない。

「値段はそのままでいいですよ」
「いえいえ、それでは私どもの気が――」
(引かなさそうだし、ここは……)
「んー……それじゃ、このピアス、オマケで付けてくださいよ。それでチャラってことで」
 チャラチャラした言い方で、隣にあった3万円のピアスを指差すと、『かしこまりました』と一礼して2つの品物を包装しにレジの方へ消えた。
 5万円引きは確かに得だけど値引きより3万円の現物を貰った方が俺的には得な気がする。
 綺麗な包装紙で包まれた品物を手にし、入り口へ向かうと店内に居たすべての店員が一斉に入り口に集まった。
『ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております!』
 全員が声を揃えて頭を下げ、俺1人を見送った。
 入店時との対応が180度変わった店員たちを尻目に店を後にした。
「ラッキー。得したなぁ。次は――大人のおもちゃ屋だな」
 ゴクリと唾を飲み込み、駅ビルを出た。

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