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第四章:my penis down


 昼になりミラさんが車で迎えに来てくれた。
 新居は研究所近くにある為、必要なものを俺の家から車で運ぶという形になった。
 俺の少ない荷物を横目でチラッと見た運転席のミラさんが言う。
「いよいよね。緊張してる?」
「はい、少しだけ。新しい生活への不安があります」

 俺がそう言うとじゃあ不安を期待に変えるために……と言って英語で刻印の入った小さな鞄をプレゼントされた。首をかしげ中身を確認すると新居の鍵と政府発行の携帯、そして俺の名前が書かれたDBLの研究員用ICカードが入っていた。
「これは?」とICカードを持ってミラさんに見えるようにフロントミラーへちらつかせると
「一応あなたはDBLの技術補佐員ってことになってるからそのカードを使えば研究所内を自由に歩けるわ。何か困ったことや質問があったらいつでも研究所に来て」と説明してくれた。

 ちなみに身分証明書にもなるらしい。ネオニートとは言え世間一般には無職である俺にとって身分証明書は嬉しいものだ。過去に何度職質されたことか……。

 ミラさんとたわいもない世間話をしながらドライブを楽しんでいると数時間の長旅も全く苦痛に感じなかった。俺の自慰失敗談に笑ってくれたのは嬉しかったな。
 しばらくすると閑静な住宅街が見えてきた。キキッと軽い衝撃音がした後、車は静かに停車した。

「さぁ。着いたわよ」

 車を降りたすぐ先には二十人は住めるであろう立派な一軒家があり思わず息を飲んだ。
 俺の住んでいた四畳半風呂無しの賃貸アパートとは段違いだった。

「ここに今日から住むのか。股間が熱くなるな。略してペニアツ」
 車の停止音に反応したのか新居に到着するやいなや、新居の扉が勢いよく開き
 金髪ツインテールの女の子が出てきた。
「あたしの名前は西園寺セレンよ。あんた写真で見るよりずっとブサイクね」

 これまたいきなりいかにもな奴が出てきた。セレンって言うとハーフか? 通りで金髪な訳だ。しかし……初対面の相手にブサイクだなんて。いや本当のことだけれども。
 金髪ツインテール=ツンデレの方程式は本当だったのか。デレるかどうかなんて分からないがもしデレることがなかったら、きっと俺の脆いハートはすぐに折れてしまうことだろう。

 つまりここは折れてはいけないところだ。毅然とした態度を振舞わなければ。とわずか2秒で考え
「ははっ。はじめまして。こんなブサイクな俺だけど仲良くして欲しいな。俺の名前は――」
 と笑い流しながら軽く自己紹介をした。

 我ながらナイスな自己紹介のはずだったがどうやら彼女の気に障ったらしい。俺を睨むなり
「最ッ低。あたしに何か言うことないの? You suck asshole!」
 それだけ言うと彼女は家の中に入っていってしまった。

 もう俺、心折れた。

 彼女の言葉に打ちのめされ、地面にしゃがみこんでいた俺にミラさんが肩に手を当て彼女はね、と今の子の事を話してくれた。
 彼女の名前はセレン・西園寺・グレアム。
 日本でも著名な米国の資産家、ジョン・グレアムの一人娘で家柄、血が途絶えてしまうのを恐れ日本精子特別管理局に多額の寄付をし、この同居に娘の参加を表明したらしい。

「ジョン・グレアムってそんなに有名なんですか?」

 俺がそう尋ねるとグラハムアメリカというブランドは聞いたことはないかと返してきた。
 いくら無知な俺でもグラハムアメリカぐらい知っている。グラハムアメリカ、略してG&Aといえばグッチやルイヴィトン、エルメスなんかと並ぶ超有名ブランドだ。

 だがグラハムアメリカとなんの関係があるのだろうか。続けてミラさんが言う。
「日本では英語のGrahamをそのままローマ字読みしてグラハムと読む人が多いのだけれど原語の発音はグレアムなのよ。つまりジョン・グレアムはG&Aの社長よ」

 そしてそんなあまりに有名な父親を持つからこそ、あのグレアム家のお嬢様だと思われ、扱われることを酷く嫌っているという。
 でもだからってなぜいきなり初対面であんなことを――

 そう不思議に思っているとミラさんが鞄を指差してこう言った。
「その鞄はそのグラハムアメリカのものでジョン氏から貴方に渡してくれと頼まれたものなのよ」鞄を見ると確かに“Graham America”という刻印がされていた。

 彼女はおそらく父親の会社のブランド品を持っている俺を見て、自分のことを知っていると勘違いしたのだろうという。だからあんなに睨んでいたのか。
 俺があまりにもブサイクだからって汚物を見るような目で睨んでいたんじゃなくてよかった。まぁブサイクとは言われたけど。

 悪いことしたわね、とミラさんは俺に頭を下げると他のみんなを紹介するねと俺を家の中へ案内してくれた。
 勘違いされたのは別にミラさんのせいじゃない。誤解は解けばいいし、他の女の子だって居る。それにG&Aの鞄なんて今までの俺じゃ買える代物じゃない。

 俺はラッキーと呟き、家の中へ入った。

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