第十四章:タンジョウビ
「あッ……! はんッ! あっ、あっ、あっ」
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
俺はいつも後悔する。
やるべきではなかったのではないか、と事が済んだあとに必ず思い悩む。
後悔先に立たず……と思いつつも、俺は硬くなった肉棒を彼女の股へと打ち付けた。
この女性――ザクロは政府の職員ではあるが、プログラムの為に政府側が用意した女性ではないのにも関わらず。
俺は必死だった。あの日の三万円の借りを返そうと。もとい、元を取ろうと一心不乱だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
彼女に無理やり飲まされ、酔った俺は彼女の口の中へ無理やり舌を入れ、押し倒した。
そう、押し倒したのは俺の方なのだ。言うなればレイプ……強姦である。
レイプも合法だと言ったミラさんのあの言葉が頭に浮か――
「(びゅっ!)」
――ドゥリュリュリュリュッッッ!
慣れない酒のせいで制御が利かなかったのか、緩んだ肉棒から一気に子種たちが放出されてしまった。自分の体から出た音とは思えない奇怪な音が下腹部から鳴り響いたような気がした。
「かはぁ……っ……はぁっ……はあっ……」
おかしい。おかしいぞ。酒が入っているとはいえ、ここ最近、妙におかしい。
日を追うごとに射精回数が減ってきているのだ。
それだけじゃない。
今までは一度射精してもすぐに回復し、二回戦目にすぐ突入できた。
なのに、今はどうだろう。日照り続きで枯れてしまった花のように、あっという間に縮んでしまったではないか。
「っ……はぁ……だめだ……疲れ、た……」
目の前が真っ白になり、頭の中が空っぽになるようなこの感覚。
空腹に飲酒をしたせいだろうか。いや、これは違う。何かが違う。
「あぐっ」
突然、強烈な睡魔が俺を襲った。
「だめ、だ……眠……」
何者かに無理やり目を瞑らされたように、俺は目を閉じた。
カチッ、カチッと規則正しい秒針の動く音が暗闇に響く。
俺が気を失うように眠りについてから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。
一時間? 三時間? それとも、もう朝になっているだろうか。
「時……が……いの……」
意識が朦朧とする中、誰かの声が耳に届く。
悲しそうな女性の声。この声はザクロか。
「……パパ」
暗闇の中で聞こえたのは、聞き慣れない言葉。
「……パパ……おねが……起き……」
途切れ途切れに聞こえるその声は、誰かに対して必死に訴えかけているようだった。
「ねぇ……っ……パパってば……お願い、起きて……っ……!」
その時“パパ”と呼ぶ謎の声は、俺の身体をゆさゆさと揺さぶった。
一瞬にして頭の中に数え切れないほどの「?」が思い浮ぶ。
俺は額を押さえ、ゆっくりと目を開けながら上半身を起こした。
ソファの柔らかさが妙に心地良かったが不審な点がいくつかあった。
裸のまま気を失ったはずの俺は何故か服を着ていて、さらに先ほどまで交わっていたはずの彼女、ザクロは俺の横で大粒の涙を流しながら、俺の服の裾を掴んでいたのだ。
「……ザクロ……さん?」
「パパっ……!」
俺が名前を呼ぶと、またも聞き慣れない言葉を言ったザクロが俺の腰に抱きついた。
「えっ、ちょ、パパって何ですかザクロさん……」
「ザクロ……そう、これママの身体なんだ……ママ……ぐすん」
一体この人は何を言っているんだ。
パパと言ったり、ママと言ったり、叫んだり、泣いたり……全く意味が分からない。
まさか俺にレイプされて、頭がおかしくなってしまったのではないか。
そんな考えが頭を過ぎると、一気に酔いが醒め、急に現実に引き戻されてしまった。
「泣いてても仕方ないよね……やっとパパに会えたんだし、頑張らなきゃ」
俺を目の前にしていながら、ブツブツと独り言を言った彼女は自らを勇気付けるように、小さく「よしっ」とガッツポーズをした。
「あの、ザクロさん……?」
「あのね、パパ。落ち着いて聞いて」
「え、あ、はい」
「あ、あたしはね、ママ……つまり、ザクロさんじゃないの」
「…………はいっ?」
「驚くのも無理ないわ。だってあたしの見た目はママそのものだもんね」
この子どもっぽい口調と会話、これはまさか。
こいつ、もしかしてドラマとかでよく出てくる多重人格って奴か?
だから宝石を売りつけたことも記憶にないと?
それなら説明がつく。なぜ俺がパパと呼ばれているかは分からないが。
「分かった。お前はザクロさんじゃないんだな」
「そうなの! さすがはパパね! 飲み込みが早いわ!」
いきなりの共同生活にもすぐに馴染んだし、俺の適応力は人並みはずれてるからな。
「……それで、君は誰なんだ?」
「あたしは、紅榴ざくろの娘……未来から来た、パパの娘よ!」
「…………え?」
何を言ってるんだコイツは。
彼女が口にした言葉は「彼女は多重人格なのではないか」という俺の推理と大きく食い違っていた。
さすがの適応力も、この不測の事態の前には圧倒的敗北。
「それでね、パパ。落ち着いて聞いてね」
呆れて物もいえない俺に、続けて彼女は言う。
「……あなたは政府に命を狙われているの」
誰かコイツを病院に連れていってやってくれ。
この茶番劇に俺は、どうしても乗らなくてはいけないのか?
「……政府って、秋穂さんとかミラさんとか、DBLの人たちか? そんなバカな事があってたまるか」
「その秋穂って人やミラって人かは知らないけれど、近くでパパを監視している人物が居るはず」
監視? 確かに秋穂さんに監視されてはいるけど、それは仕方のないことなんだ。
「……心当たりがあるのね?」
沈黙する俺の顔を覗き込む。
「ないよ」
ミラさんはそんな事をする人じゃないはずだし、秋穂さんだって……。
そう、秋穂さんだって、普段はあんなんでも、俺の死イコール、人類滅亡と口を酸っぱくして言っている人だ。そんな人が俺の命を狙っているだなんて考えられない。
「ほんとに?」
雪菜だって由紀さんだって纏さんだって違うはずだ。絶対に。
「ああ。でもどうして俺の命を狙ってるんだ。そもそもこのプログラムを組んだのは政府だぞ」
「……だからよ」
「なに?」
思わず聞き返す。
「このプログラムを組んだのが政府だからこそ。私の来た時代、つまり未来は多子若年化しているの。パパが子作りをしすぎちゃったせいでね」
「俺のせい?」
「そう。でも、もとを正せば政府が作ったプログラムに欠陥があったのが問題」
「欠陥?」
「子どもたちの養育費。この時代もだけど、日本は借金大国。そんな状況で産まれた子どもたちの養育費を全て国税で払っていたら当然、ね」
「国民、そして他国からのバッシングか」
「うん。だから自分たちの政府が犯した過ちを無かったことにしようとしている。パパを抹殺して未来を変えようとしているの」
「なる、ほど……」
「それに厄介なのがパパの命を狙っているのは、この時代の政府ではなく、私と同じく未来から来た政府の人間」
「未来からの?」
「どうやら、今の政府に潜り込んで居るらしくてね……。それと用心のために、未来の政府の人間がたくさん保存されているという精子バンクも破壊した」
いつの間にか俺は彼女の話に魅入り、聞き入ってしまっていた。
話が出来すぎている。それに、精子バンクを破壊した犯人がコイツだと?
「君は、一体何者なんだ」
「え? だから、あたしは……」
「俺の事をパパと言ったり、いきなり命を狙われていると言われても信じられるはずがない」
「そんな……っ」
多くのことを言われすぎて正直、頭が混乱していた。
「それに、君が精子バンクを壊した犯人だっていうじゃないか。返答によっちゃあ、君を政府に通報するぞ」
なによりこの子が信じられるという確証がない。
「…………」
彼女は俯いたまま何も喋らない。
「君が信用に足る人物だと俺には判断できないんだ」
「あたしは……あなたの娘……時空法で禁止されているから名前は名乗れない……だけど……」
そう言って彼女が差し出したのは艶々とした黒い宝石。物質転送石といわれるもので、時空を越えて物質を運べるらしい。
彼女が表面を軽く擦ると、宝石から青白い光の粒が放たれた。
「こりゃ、すごい……」
するとどうだろうか、光の粒は瞬く間に長方形に形作られ一枚の古びた写真に変化した。
写っているのは満面の笑みを浮かべた家族、だろうか。
仲の良さそうな夫婦と、幼い女の子が写っていた。
「なん、だ、これ……」
男の方は、顔はあまり変わらないがヒゲが生えた俺にそっくりで。
女の方は少し大人っぽいが、どうみてもザクロ。
「その写真は……パパとママとあたしの家族三人で撮った唯一の写真……」
「あたしの……一番大切なもの……」
必死に喋る彼女の目は真剣そのもので、とても、ウソをついてるようには見えない。
「それじゃ、この子が……君……俺の娘か。そして俺の妻がザクロ……」
にわかに信じがたい科学小説のような話だったが、信じてみることにした。
「わかった、君を信じよう」
「あっ、ありがとうパパ!」
「でも何故、君が一人で来たんだ? 未来の俺やザクロさんは――」
どうなった? そう言おうとして言葉が詰まった。目の前の彼女が、まだ幼い子どもであろう彼女が肩を震わせながら泣いていたから。
「パ、パパは……真っ先に殺されたわ……。これ以上、子どもが増えないようにって……あ、あたしの目の前で……」
「そっ、そうか」
動揺は隠し切れなかった。俺はこんなに若くして死んだのか。
しかも政府に殺されたなんて正直、信じたくなかった。
「ざ、ザクロは? ママはどうしたんだ」
「ママ……も……さっき……あたしを庇って、逃がしてくれて……それで……」
「もっ、もういい!」
震える背中を抱き寄せながら、頭を撫でる。
子どもが居る親はきっとこうするから。
「ごめんな、本当にごめん。辛いこと思い出させて……」
「んーん。今はパパに会えたから……もう大丈夫だよ」
「でも、あたしが見つかるのも時間の問題。だから今は状況を説明するね」
「ああ。わかった」
彼女の話を整理するとこうだ。
彼女は、政府の多子若年化阻止を目的とした俺を抹殺するという野望を打ち砕く為に、未来から来た俺の娘の一人。俺と紅榴ざくろの娘。
他の子供たちは、ほとんど政府に抹殺されたが、彼女は意識内時空転移石(タイムリープジュエル)と呼ばれる未来の技術で造られた青い石をつかい、未来からタイムリープしてきた。
その石は額に当て、意識を集中することで、過去や未来に存在する<自分自身>または<親しい関係>の人間に、意識を未来や過去へと転移することができるが、使用した時代から過去や未来へ意識だけを飛ばすもの。
つまりザクロの身体を借りているだけで、ザクロにその間の記憶はない。
「つまり……クリスマスの日、俺に宝石を売りつけてきたのは……?」
「あたし……。どうしてもパパに宝石を渡しておきたかったの。未来を変えるために」
「でもあの宝石は赤色だよな? しかも、願いを叶える宝石だっけ」
「そう、赤い宝石……でも、赤い宝石は本来、願いを叶える力なんてないの」
「なんだって?」
「赤い宝石は本来、既に記憶された想いの欠片を形にするもの。そして、あたしが記憶した想いは、多子若年化阻止の為に……全ての男性の、せっ、性器を不能にさせるというもの」
「つまり、俺が願ったことで発動しただけ?」
「うん。だからパパは何も悪くない。でも……」
「でも?」
「あの……その……」
「なんだ?」
「想像もしない事態が起きたの。その……パパの本来の性欲が強すぎて、パパの、だっ、男性器だけ……消滅しなかった……」
「それってさ――結局、俺のせいじゃね?」
童貞だった俺の異常なまでの性欲は未来の技術すら敵わなかったってことか。
それに俺一人で多子若年化を引き起こしたって……俺の性欲は兵器レベルかよ。
「そ、それで……具体的に俺は何をすればいいんだ」
「あっ、あのね。まだ妊娠している女性が少ない今なら……せ、せ、せっ、セックスをすることを控えれば……暗殺は中止されるかも、しれない」
「なるほど……」
確かにそれはあるかもしれないな。一応、肝に銘じておこう。
最近、射精の回数が少なくなってきたし、体調的にも休んでおいたほうがいいだろう。
「あたしも、出来る限りパパの命を狙っている人物を探してみるから……」
「あぁ。よろしく頼む」
「パパ……」
「なんだ?」
「たとえ、私が産まれなかったとしても世界が救われるのなら……」
「お、おい。お前、なにを言って……」
「じゃあね、パパ……だいすきだよ」
そう言うと目の前の彼女は、糸の切れた操り人形のように崩れ、気を失った。
彼女の内ポケットから落ちた小さな石が、怪しく光っていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
俺はいつも後悔する。
やるべきではなかったのではないか、と事が済んだあとに必ず思い悩む。
後悔先に立たず……と思いつつも、俺は硬くなった肉棒を彼女の股へと打ち付けた。
この女性――ザクロは政府の職員ではあるが、プログラムの為に政府側が用意した女性ではないのにも関わらず。
俺は必死だった。あの日の三万円の借りを返そうと。もとい、元を取ろうと一心不乱だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
彼女に無理やり飲まされ、酔った俺は彼女の口の中へ無理やり舌を入れ、押し倒した。
そう、押し倒したのは俺の方なのだ。言うなればレイプ……強姦である。
レイプも合法だと言ったミラさんのあの言葉が頭に浮か――
「(びゅっ!)」
――ドゥリュリュリュリュッッッ!
慣れない酒のせいで制御が利かなかったのか、緩んだ肉棒から一気に子種たちが放出されてしまった。自分の体から出た音とは思えない奇怪な音が下腹部から鳴り響いたような気がした。
「かはぁ……っ……はぁっ……はあっ……」
おかしい。おかしいぞ。酒が入っているとはいえ、ここ最近、妙におかしい。
日を追うごとに射精回数が減ってきているのだ。
それだけじゃない。
今までは一度射精してもすぐに回復し、二回戦目にすぐ突入できた。
なのに、今はどうだろう。日照り続きで枯れてしまった花のように、あっという間に縮んでしまったではないか。
「っ……はぁ……だめだ……疲れ、た……」
目の前が真っ白になり、頭の中が空っぽになるようなこの感覚。
空腹に飲酒をしたせいだろうか。いや、これは違う。何かが違う。
「あぐっ」
突然、強烈な睡魔が俺を襲った。
「だめ、だ……眠……」
何者かに無理やり目を瞑らされたように、俺は目を閉じた。
カチッ、カチッと規則正しい秒針の動く音が暗闇に響く。
俺が気を失うように眠りについてから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。
一時間? 三時間? それとも、もう朝になっているだろうか。
「時……が……いの……」
意識が朦朧とする中、誰かの声が耳に届く。
悲しそうな女性の声。この声はザクロか。
「……パパ」
暗闇の中で聞こえたのは、聞き慣れない言葉。
「……パパ……おねが……起き……」
途切れ途切れに聞こえるその声は、誰かに対して必死に訴えかけているようだった。
「ねぇ……っ……パパってば……お願い、起きて……っ……!」
その時“パパ”と呼ぶ謎の声は、俺の身体をゆさゆさと揺さぶった。
一瞬にして頭の中に数え切れないほどの「?」が思い浮ぶ。
俺は額を押さえ、ゆっくりと目を開けながら上半身を起こした。
ソファの柔らかさが妙に心地良かったが不審な点がいくつかあった。
裸のまま気を失ったはずの俺は何故か服を着ていて、さらに先ほどまで交わっていたはずの彼女、ザクロは俺の横で大粒の涙を流しながら、俺の服の裾を掴んでいたのだ。
「……ザクロ……さん?」
「パパっ……!」
俺が名前を呼ぶと、またも聞き慣れない言葉を言ったザクロが俺の腰に抱きついた。
「えっ、ちょ、パパって何ですかザクロさん……」
「ザクロ……そう、これママの身体なんだ……ママ……ぐすん」
一体この人は何を言っているんだ。
パパと言ったり、ママと言ったり、叫んだり、泣いたり……全く意味が分からない。
まさか俺にレイプされて、頭がおかしくなってしまったのではないか。
そんな考えが頭を過ぎると、一気に酔いが醒め、急に現実に引き戻されてしまった。
「泣いてても仕方ないよね……やっとパパに会えたんだし、頑張らなきゃ」
俺を目の前にしていながら、ブツブツと独り言を言った彼女は自らを勇気付けるように、小さく「よしっ」とガッツポーズをした。
「あの、ザクロさん……?」
「あのね、パパ。落ち着いて聞いて」
「え、あ、はい」
「あ、あたしはね、ママ……つまり、ザクロさんじゃないの」
「…………はいっ?」
「驚くのも無理ないわ。だってあたしの見た目はママそのものだもんね」
この子どもっぽい口調と会話、これはまさか。
こいつ、もしかしてドラマとかでよく出てくる多重人格って奴か?
だから宝石を売りつけたことも記憶にないと?
それなら説明がつく。なぜ俺がパパと呼ばれているかは分からないが。
「分かった。お前はザクロさんじゃないんだな」
「そうなの! さすがはパパね! 飲み込みが早いわ!」
いきなりの共同生活にもすぐに馴染んだし、俺の適応力は人並みはずれてるからな。
「……それで、君は誰なんだ?」
「あたしは、紅榴ざくろの娘……未来から来た、パパの娘よ!」
「…………え?」
何を言ってるんだコイツは。
彼女が口にした言葉は「彼女は多重人格なのではないか」という俺の推理と大きく食い違っていた。
さすがの適応力も、この不測の事態の前には圧倒的敗北。
「それでね、パパ。落ち着いて聞いてね」
呆れて物もいえない俺に、続けて彼女は言う。
「……あなたは政府に命を狙われているの」
誰かコイツを病院に連れていってやってくれ。
この茶番劇に俺は、どうしても乗らなくてはいけないのか?
「……政府って、秋穂さんとかミラさんとか、DBLの人たちか? そんなバカな事があってたまるか」
「その秋穂って人やミラって人かは知らないけれど、近くでパパを監視している人物が居るはず」
監視? 確かに秋穂さんに監視されてはいるけど、それは仕方のないことなんだ。
「……心当たりがあるのね?」
沈黙する俺の顔を覗き込む。
「ないよ」
ミラさんはそんな事をする人じゃないはずだし、秋穂さんだって……。
そう、秋穂さんだって、普段はあんなんでも、俺の死イコール、人類滅亡と口を酸っぱくして言っている人だ。そんな人が俺の命を狙っているだなんて考えられない。
「ほんとに?」
雪菜だって由紀さんだって纏さんだって違うはずだ。絶対に。
「ああ。でもどうして俺の命を狙ってるんだ。そもそもこのプログラムを組んだのは政府だぞ」
「……だからよ」
「なに?」
思わず聞き返す。
「このプログラムを組んだのが政府だからこそ。私の来た時代、つまり未来は多子若年化しているの。パパが子作りをしすぎちゃったせいでね」
「俺のせい?」
「そう。でも、もとを正せば政府が作ったプログラムに欠陥があったのが問題」
「欠陥?」
「子どもたちの養育費。この時代もだけど、日本は借金大国。そんな状況で産まれた子どもたちの養育費を全て国税で払っていたら当然、ね」
「国民、そして他国からのバッシングか」
「うん。だから自分たちの政府が犯した過ちを無かったことにしようとしている。パパを抹殺して未来を変えようとしているの」
「なる、ほど……」
「それに厄介なのがパパの命を狙っているのは、この時代の政府ではなく、私と同じく未来から来た政府の人間」
「未来からの?」
「どうやら、今の政府に潜り込んで居るらしくてね……。それと用心のために、未来の政府の人間がたくさん保存されているという精子バンクも破壊した」
いつの間にか俺は彼女の話に魅入り、聞き入ってしまっていた。
話が出来すぎている。それに、精子バンクを破壊した犯人がコイツだと?
「君は、一体何者なんだ」
「え? だから、あたしは……」
「俺の事をパパと言ったり、いきなり命を狙われていると言われても信じられるはずがない」
「そんな……っ」
多くのことを言われすぎて正直、頭が混乱していた。
「それに、君が精子バンクを壊した犯人だっていうじゃないか。返答によっちゃあ、君を政府に通報するぞ」
なによりこの子が信じられるという確証がない。
「…………」
彼女は俯いたまま何も喋らない。
「君が信用に足る人物だと俺には判断できないんだ」
「あたしは……あなたの娘……時空法で禁止されているから名前は名乗れない……だけど……」
そう言って彼女が差し出したのは艶々とした黒い宝石。物質転送石といわれるもので、時空を越えて物質を運べるらしい。
彼女が表面を軽く擦ると、宝石から青白い光の粒が放たれた。
「こりゃ、すごい……」
するとどうだろうか、光の粒は瞬く間に長方形に形作られ一枚の古びた写真に変化した。
写っているのは満面の笑みを浮かべた家族、だろうか。
仲の良さそうな夫婦と、幼い女の子が写っていた。
「なん、だ、これ……」
男の方は、顔はあまり変わらないがヒゲが生えた俺にそっくりで。
女の方は少し大人っぽいが、どうみてもザクロ。
「その写真は……パパとママとあたしの家族三人で撮った唯一の写真……」
「あたしの……一番大切なもの……」
必死に喋る彼女の目は真剣そのもので、とても、ウソをついてるようには見えない。
「それじゃ、この子が……君……俺の娘か。そして俺の妻がザクロ……」
にわかに信じがたい科学小説のような話だったが、信じてみることにした。
「わかった、君を信じよう」
「あっ、ありがとうパパ!」
「でも何故、君が一人で来たんだ? 未来の俺やザクロさんは――」
どうなった? そう言おうとして言葉が詰まった。目の前の彼女が、まだ幼い子どもであろう彼女が肩を震わせながら泣いていたから。
「パ、パパは……真っ先に殺されたわ……。これ以上、子どもが増えないようにって……あ、あたしの目の前で……」
「そっ、そうか」
動揺は隠し切れなかった。俺はこんなに若くして死んだのか。
しかも政府に殺されたなんて正直、信じたくなかった。
「ざ、ザクロは? ママはどうしたんだ」
「ママ……も……さっき……あたしを庇って、逃がしてくれて……それで……」
「もっ、もういい!」
震える背中を抱き寄せながら、頭を撫でる。
子どもが居る親はきっとこうするから。
「ごめんな、本当にごめん。辛いこと思い出させて……」
「んーん。今はパパに会えたから……もう大丈夫だよ」
「でも、あたしが見つかるのも時間の問題。だから今は状況を説明するね」
「ああ。わかった」
彼女の話を整理するとこうだ。
彼女は、政府の多子若年化阻止を目的とした俺を抹殺するという野望を打ち砕く為に、未来から来た俺の娘の一人。俺と紅榴ざくろの娘。
他の子供たちは、ほとんど政府に抹殺されたが、彼女は意識内時空転移石(タイムリープジュエル)と呼ばれる未来の技術で造られた青い石をつかい、未来からタイムリープしてきた。
その石は額に当て、意識を集中することで、過去や未来に存在する<自分自身>または<親しい関係>の人間に、意識を未来や過去へと転移することができるが、使用した時代から過去や未来へ意識だけを飛ばすもの。
つまりザクロの身体を借りているだけで、ザクロにその間の記憶はない。
「つまり……クリスマスの日、俺に宝石を売りつけてきたのは……?」
「あたし……。どうしてもパパに宝石を渡しておきたかったの。未来を変えるために」
「でもあの宝石は赤色だよな? しかも、願いを叶える宝石だっけ」
「そう、赤い宝石……でも、赤い宝石は本来、願いを叶える力なんてないの」
「なんだって?」
「赤い宝石は本来、既に記憶された想いの欠片を形にするもの。そして、あたしが記憶した想いは、多子若年化阻止の為に……全ての男性の、せっ、性器を不能にさせるというもの」
「つまり、俺が願ったことで発動しただけ?」
「うん。だからパパは何も悪くない。でも……」
「でも?」
「あの……その……」
「なんだ?」
「想像もしない事態が起きたの。その……パパの本来の性欲が強すぎて、パパの、だっ、男性器だけ……消滅しなかった……」
「それってさ――結局、俺のせいじゃね?」
童貞だった俺の異常なまでの性欲は未来の技術すら敵わなかったってことか。
それに俺一人で多子若年化を引き起こしたって……俺の性欲は兵器レベルかよ。
「そ、それで……具体的に俺は何をすればいいんだ」
「あっ、あのね。まだ妊娠している女性が少ない今なら……せ、せ、せっ、セックスをすることを控えれば……暗殺は中止されるかも、しれない」
「なるほど……」
確かにそれはあるかもしれないな。一応、肝に銘じておこう。
最近、射精の回数が少なくなってきたし、体調的にも休んでおいたほうがいいだろう。
「あたしも、出来る限りパパの命を狙っている人物を探してみるから……」
「あぁ。よろしく頼む」
「パパ……」
「なんだ?」
「たとえ、私が産まれなかったとしても世界が救われるのなら……」
「お、おい。お前、なにを言って……」
「じゃあね、パパ……だいすきだよ」
そう言うと目の前の彼女は、糸の切れた操り人形のように崩れ、気を失った。
彼女の内ポケットから落ちた小さな石が、怪しく光っていた。