TOPに戻る
前のページ 次のページ

第十四章:タンジョウビ


 研究所から家までは随分と距離があったはずなのに、本当に「あっ」という間で、俺は空路の凄さに改めて感激していた。
「へぇ、これこんな風になってるのか……すごいな」
 降りた後もヘリコプターを見て名残惜しそうにしている俺に、背後から女性が声を投げ掛けてきた。
 その女性とはもちろん、エプロン姿の由紀さん。
 いつも通りの一変の曇りも無い表情で、お帰りなさいと出迎えてくれた。ちょっと照れくさいなと思いながらも、笑顔でただいまと返す。何気ない会話だが俺にとっては大切な会話だ。
「お一人でお出かけなさっていたのですか?」
「うん、途中まではね。でも途中から雪菜と一緒に研究所に行って、帰ってきたんだ」
 雪菜の名前を呼びながら、後ろを振り返ったがそこには誰もいなかった。
「あれ、雪菜?」
 辺りを見回すがそれらしい人影はいない。どこへ行ったのだろうか。
「おかしいな、ヘリコプターから降りるまでずっと一緒に居たんだけど……」
「雪菜と一緒に、だなんて珍しいですね。基本的に彼女は影からお護りしている身分。それに、恥ずかしがり屋さんですし」
「俺が一緒に行かないかって誘ったんですよ。って恥ずかしがり屋? あの雪菜が?」
「はい、それもかなり重度の。きっと今もどこかで見ているはずですよ」
 由紀さんが見上げた方角を見ると、屋根の上に雪菜の人影らしきものが見えた」
「あっ! 雪菜!」
 声を掛けるとその人影は瞬きをした一瞬の間に消えた。
「雪菜もしばらくしたら、家の中に帰ってくると思いますし、外は寒いのでご主人様は家の中へ」

 由紀さんに促されて家の中に入ると、美味しそうな夕食の匂いがした。おそらく由紀さんの手作り料理だろう。しかも今日は睦月ちゃんと日虎さんの誕生日だ。とびきり豪勢なやつに違いない。
 料理の匂いと共にしてきたのは数人の賑かな声。
 セレンと日虎さんと睦月ちゃん……そして聞き覚えのない声が一人。若い女性の声だ。
 誰だろうと玄関で立ち往生しながら思考を巡らせていると、由紀さんが訝しげに話しかけてきた。
「あの、ご主人様。どうかされましたか?」
「もしかして、誰かお客さん来てます?」
「はい、日曜日の定期訪問員さんがいらっしゃっています」
「訪問員さん? 今日ってまだ土曜ですよね?」
 俺が曜日を勘違いしていたのだろうか。
 指折り数えながら曜日を数える。しかしいくら数えても今日は土曜で、日曜は明日だ。
「はい、土曜でございます。先週から昨日までの交合報告書をわざわざ届けに来てくださったらしく、せっかくですので上がって頂いております」
「ご主人様に黙って勝手な事をしてしまい、申し訳ありません」
 そう続ける謙虚な由紀さんに向かって、首を横に振る。
「いや、全然いいですよ。誕生日は大勢で祝った方が楽しいですし」
「そう言っていただけると、ありがたいです。それでは皆様、お待ちですのでどうぞ」
「うん。ありがと」
 玄関で靴を脱ぎ、逸る気持ちを抑えて居間のドアをゆっくりと開けた。
「ただいまー」
 そう言いかけて俺は、ドアノブを握りしめたままで立ち止まった。

 テーブルの真ん中に置かれている大きなバースデーケーキや、その周りの豪勢な料理なんかよりも、彼女のその姿に俺は目を奪われた。
 古今東西探しても見つからない程の絶世の美女? いや違う。
 百万人に一人の顔面崩壊している不細工? それも違う。
 姿、顔その他全てが俺のよく知っている人物に酷似していたのだ。
 そんなことは雀の涙ほども知らない目の前の女性は席を立つと、俺の方を向いて自己紹介を始めた。
「初めまして。貴方が本プログラムのご主人様ですね。私はDBLから配属された定期訪問員の紅榴 ざくろ(コウリュウ ザクロ)と申します。本日は先週までの交合報告書を届けに参りました」
 そうハキハキと喋る女性とは対照的に、俺は上手く言葉を発することが出来なかった。
「あ……あ……お……お……」
 落ち着きのない様子の俺を見兼ねたセレンが、笑いながらこちらへ向かってくる。
「そんな所に突っ立ってどうしたのよ。あまりにもザクロさんが美人でびっくりしちゃった?」
 しかしセレンの冗談めいたセリフは、俺の猛烈に沸き上がる感情に打ち消された。
 セレンの言葉を聞き流し、俺は目の前の女に詰め寄った。
「お、おまっ、お前っ! 俺の事を忘れたとは言わせないぞ!」
 目の前の女性の顔を指差しながら、俺は怒鳴った。
 ――クリスマスの日を思い出す。
 カップルだらけの街中、宝石を買わされ、世界と俺の人生を変えた全ての元凶。
 あの日、俺に話しかけてきたあの女が今まさに目の前にいた。
「何が初めましてだ! こいつがっ! こいつが全ての元凶なんだよ!」
 声を荒げて必死に周りに呼びかけたが、その女も含めた全員がキョトンとした顔で俺の方を見た。
 そんな状況を打開するかの如く、口を開いたのはセレンだった。
「ザクロさん、こいつと知り合いなんですか?」
「いえ、初対面のはずですが……」
 そう答えると俺の方を向き、女は深々とお辞儀をした。
「あの……もしかして研究所でお会いしたのかもしれません。でも覚えてないんです、ごめんなさい」
 何を言っているんだこいつは。シラを切るつもりか?
「違う! クリスマスの日だ! 俺に変な宝石を売りつけてきただろう! それで、俺はこんな事に巻き込まれて……」
「クリスマスの日は、研究所で一人でずっと仕事をしていました。なので貴方には会っ――」
「嘘だッ!」
 女の言葉を遮り、再び怒鳴りつけると女の身体がビクリと震えた。
 激昂する俺と女の間にセレンが入り、俺を嗜める。
「ちょ、ちょっと! あんた落ち着きなさいよ。あんたがこの人との間に何があったのかは知らないけど、今日は日虎さんと睦月ちゃん二人の誕生日なんだから、一旦落ち着いて、頭冷やしなさい」
「で、でも! こいつは――!」
「とりあえず、今日は泊まってもらって、後でゆっくり話をすればいいじゃない。明日はどうせ訪問日なんだし。ね?」
「……それもそうだな。分かったよ。ザクロさんって言ったっけ? いきなり怒鳴って悪かった。今日は泊まっていってくれ。あんたとは、じっくり話がしたい」
「……はい。私も誤解をされたままでは嫌なので、そうさせて頂きたいです」
 そう答え、しゅんとする彼女は、他人の空似だとは思えないほどに似ていたが、悪い事をするような人間には見えなかった。
 いや、もう騙されないぞ。これが彼女の手口なのかもしれない。
「はい。それじゃ、話がまとまった所でパーティにしましょう。ほら、あんたも突っ立ってないで準備して」
 セレンに促された俺はタオルで顔を拭き、席についた。

 もちろんその後のパーティーは楽しめるはずもなく、俺は作り笑顔で場を盛り上げた。
 日虎さんにプレゼントを渡すと、喜び勇んでペンダントを首にかけてくれた。
 値の張るものだったが買って良かった。
 睦月ちゃんには耳打ちをし、後で誕生日プレゼントを渡すことにした。
 さすがにこの場で大人のおもちゃは渡せないもんな。
「なぁ、セレン。さっきはありがとな。俺、冷静じゃなかったよ」
 隣の席のセレンにそっと囁き、礼を言うと少し顔が赤くなったように思えた。
「いつものあんたらしくなかったからね。それに……んーん。なんでもない」
「なんだよ。あ、セレンにはこれやるよ」
 袋から取り出した直径5センチほどの小さい箱を、セレンの手のひらに置く。
 ペンダントのおまけで貰った、あのピアスだ。
「え? 私に?」
「お土産買ってこいって言ったのはセレン、お前だろ」
「あたしは誕生日でもないし、冗談のつもりだったのに……でもありがと」
 箱から出したピアスを目の前に掲げ、少し照れくさそうに微笑んだ。
「……大切にするね」
 セレンの顔はすごく嬉しそうで、まるで子供のように目をキラキラと輝かせていた。

 パーティが終わると各自、部屋に戻っていった。ザクロは俺の二つ隣の部屋に泊まるらしい。
 明日ゆっくり話すとして、俺もそろそろ寝るかな。
「その前に……これ、渡さなきゃな」
 ホタルイカ息子を筆頭に数々のアナル用グッズが纏められた、お歳暮のような大きさの箱を持ち、二階の睦月ちゃんの部屋へと足を運んだ。
 ドアを数回ノックすると、睦月ちゃんの可愛い声が聞こえた。
「はーい」
「睦月ちゃん、俺だけど入ってもいい?」
「はいー。ドア開いてるので、入っていいですよー」
 ドアを開けると、白のキャミソールに白のドロワーズ姿の天使、もとい睦月ちゃんが女の子座りをして本を開いていた。
「こ、こんばんは。ちょっといいかな?」
「はいー。どうしました?」
「あのね、これさっき渡せなかったプレゼント」
 一見、大人な玩具だとは想像もつかないほどに綺麗な包装紙で包まれたプレゼントを渡す。
「もしかしたら既に持ってるかもしれないと思って、色々買ってみたんだけど」
 睦月ちゃんが箱を開けると、はちきれんばかりに詰め込んでいた玩具たちが床にこぼれ落ちた。
 その中の一つを手に取ると、今まで見たこともない笑顔で睦月ちゃんが微笑んだ。
「わぁ〜! これ、気になってたんです! 一昨日辺りに発売したばっかりのですよね、コレ!」
 嬉々としてスイッチを入れたのは、ご存知、ヤリイカ息子シリーズの新商品ホタルイカ息子だった。
 俺が店頭でやったのと同じように、睦月ちゃんがイボイボに触れると青白く光を放つ。
 嬉しそうな声で睦月ちゃんが俺の服の裾を引っ張った。
「もしよかったら今夜、これ……試してみませんか?」
 この申し出は非常に嬉しかったし、キャミソールから覗く彼女の谷間を見て勃起しそうにもなったが、あの女の事もあり、今はそんな気分になれなかった。
 誘ってくれた睦月ちゃんには悪かったが、やんわりと断った。
「ごめんね、睦月ちゃん。また別の日に遊ぼう」
「そうですね、残念ですけど……楽しみはとっておきます」
「それじゃ、また明日。おやすみ」
 残念そうにする睦月ちゃんの頭を撫で、部屋を後にした。
「今日は疲れたし、もう寝よう」
 薄暗い自室に戻ると俺は毛布を被って眠りについた。


「嬉しい事、言ってくれるじゃないの」
 それじゃ、とことん悦ばせてやるからなと言わんばかりな顔で上目遣いをした秋穂さんは、俺の乳首をいじりながら肉棒をむしゃぶり……ホタルイカ息子を俺のアナルへ捻りこませた。
「ら、らめぇ……開発されちゃいますぅ…………アッー!」
 ――ガバッ
「はぁ、はぁ……なんて夢だ……」
 荒い息を吐きながら起き上がると、汗でぐっしょり身体が濡れていた。
 両手で顔を覆いつくして、今見た悪夢を必死に払拭しようと首を振った。
 今まで生きてきた二十数年間史上、最悪最凶に嫌な夢。
 起きてよかった。例え夢だとしても、秋穂さんに犯されるなんておぞましい。
「悪夢だ。本当の悪夢だ」
 手元に置いてあった携帯のサブディスプレイを見ると深夜2時。
「腹、減ったな……」
 そういえば、周りに気を遣いすぎて、ろくに飯も食えなかったな。
 由紀さんのことだ。残り物は冷蔵庫に残しておいてくれているだろう。
 他の人を起こさないようにと、忍び足で居間へと向かった。

 居間につくと、ソファの方から何やら寝言が聞こえた。
 パーティに途中参加した纏さんだろうか。大方、酒が飲み足りず一人で飲みなおしていたんだろう。
 毛布でも掛けてあげるか。ソファの方に近づくと、その寝言がハッキリと聞こえ、纏さんではないことが分かった。
「ん、にゃ、むにゅ……ふにゃぁ……」
 ソファで倒れるようにして寝ていたのは例の女、ザクロだった。
 音を立てないように近づき、寝顔を覗き込んだ。
 改めてじっくり見てみたが、声、髪の色、顔、体、すべてがあの時の女にソックリだ。
 似ているなんてもんじゃない。瓜二つだ。
「どっからどうみても、あの時の女だ……」
 まじまじと寝顔を見ていると、突然女が起き上がった。
「おわわあぁっと」
 頭がぶつかりそうになり、思わず一歩、後ろへ後ずさりした。
 女は目をこすりながら、慌てる俺を見ると口を開いた。
「ほぇー? ふにゃぁ……おしゃけぇ……」
「……え?」
 なんだこの女、もしかして酔っ払っているのか?
 というかまさか、俺だと気づいていない?
「ふにゃー。おしゃけ、いっしょにのみまひょー」
 ろれつの回っていない彼女は俺の腕を掴むと、強引に自分の方へと身体を引き寄せた。
「え、ちょ、おまっ」
 彼女の力は見た目のそれとは反して意外にも強く、俺はされるがままにソファへと倒れ込んだ。

前のページ 次のページ
TOPに戻る

〒 次回、彼女の正体が明かされる?
inserted by FC2 system