TOPに戻る
前のページ 次のページ

第九章:Oh! 湯気


 食事を終えて自室に戻り、入浴の準備をした。
「シャンプーとかは、あるよな。持っていくのはタオルと着替えだけでいいか」
 部屋の時計を見ると0時半をまわっていた。

 浴場へと繋がる階段は台所の脇にあり、螺旋階段だった。
 階段を下りると入り口は男湯、女湯と男女別になっていた。
 男は俺しかいないのに分かれてるなんて凄いな。
 “ゆ”と書かれた群青色の暖簾をくぐった。

「おいおい。すごいな」
 そのあまりの大きさに息を呑んでしまった。
 これが出かけ先の温泉なら分かるが、これは自宅だ。
 驚くのも無理はないだろう。

 最初に目に入ったのは地下にあるのを忘れてしまいそうな大浴場。
 左手には脱衣所とサウナルームがあった。脱衣所で服を脱ぎタオルを頭に乗せた。
 それにしても鏡に映ったこの貧相な体が悲しい。

 少し湯気で曇っていた扉を開けた。
 ――ガラガラッ


 風呂の中を左、右へと視線をめぐらした。
 「お。誰もいないな」
 誰かが入っていて「キャーエッチー」的なお約束の展開はごめんだからな。
 それにしても広い風呂だ。床タイルは大理石で埋め尽くされていて左右には白く濁ったお湯と深緑色の健康に良さそうな湯船。
 そして中央には大きめの湯船があり、想像していた通りのライオンの壁泉が鎮座していた。
 湯口から浴槽に注がれるその様はまるで獲物を見つけ涎を垂らす獣のようだ。

「まさか本当にあるとは思わなかった」
 半分、いや8割方あるわけないと思っていたのに。

 とりあえず湯に浸かる前に体を洗うか。足元にあった洗面器に湯をため、体にかけた。
「ふひぃ〜。熱くて気持ちいいぜ」
 昨晩倉見さんと行為に及んだあとすぐ寝てしまったし
 今朝も結局シャワーすら浴びなかった。
 腋を嗅いでみるとなかなかカオスな臭いを放っていた。わ、ワキガちゃうわ!

「こりゃやばい。ボディーソープは……と」

 小さい鏡の前には4本のプラスチックの瓶が並んでいた。
 えっと左からシャンプー、リンス、ボディーソープ、ローション。
 って待て。ローション?
 さすがは性行為を目的としたプログラムだよ。風呂場でのセックスも想定済みか。
 当たり前のように置いてあるのが凄い。
 あいにく今俺はひとり。倉見さんの一見で萎え萎えペニスだよ全く。
 もちろん使うのはボディーソープ、ローションなんかじゃない。
 部屋から持ってきたあかすりに垂らし体を洗った。

 もちろんペニスは念入りにゴシゴシと擦……
「あぁっ! なんかヌルヌルして気持ちいいっ」
 あれ、なにかがおかしい。気持ちよくなってきた。

 慌ててボディーソープを手に取り、パッケージを確認した。
 “ボディーソープローション”
 これローション入りじゃん。
 別にローションあるのにこれもローション混入してるのかよ。

 自慰禁止でこれは拷問だ。
 しかし、こいつのせいでムラムラしてきた。
「全く。どうしてくれるんだ」
 愚痴のような独り言をこぼしながらテカテカに光ったローションをシャワーで洗い流した。


「よっしゃ。若干アクシデントがあったが、いよいよ風呂に入るぜ」
 立ち上がり、真っ先に中央の湯船へ向かった。
 まず爪先から、そして腰をゆっくり落として湯に浸かった。

「よっこらせっくす」
 つい口癖が出てしまった。
 人が居たら恥ずかしい思いをしたが今は貸し切り状態。人目を気にする必要もない。
 肩まで浸かり声にならない声を漏らした。
「ぁ……あぁ〜」
 温かく、そして肌あたりのやわらかいお湯が体全体を包み込んだ。

 気持ちいいし、歌でも唄うとするかな。
「あーあー。ごほんごほん。……いっい湯っだっなぁ〜あははん。
 いぃ湯だっなぁ〜ゆっげがぁ〜てんじょまっでなんとかのぼ〜るぅってか」
 風呂での定番の歌といったらこれしかないだろ。
 歌詞はあやふやで覚えていないけども。

 唄いながらスイーっと平泳ぎでライオンの口元まで泳いだ。
 間近で見るそれは迫力があったが眉毛が太く少々アホ面に見えた。
「ぷふっ。こりゃ傑作だ。誰かに見せてやりた――」

 ――(ガチャ)

 入り口の方で音がしたような気がして無意識に振り返った。
「誰か入ってきたのかな」
 目を凝らしてみると、うっすらとシルエットが見えた。

 さては秋穂さんだな。ちょっと隠れて驚かしてやるか。
 ライオンの壁泉はちょうど人一人隠れることの出来る大きさだった。
 秋穂さんが湯船に入ってきたら潜って近づいてびっくりさせてやろう。
 俺の今の顔はさぞかし悪い顔をしているんだろうな。



 ――ガラガラッ

 ――ザパァッ

 ――チャポン

 息を押し殺しながら、一連の音に耳をすませた。
 チャンスは一度きりだ。


「ふぅ……気持ちいい……」

 かなり近くから声が聞こえた。それにしても相変わらず声は女そのものだ。
 加えてあんな外見だ。俺の純情男心を騙しやがって。
 息を大きく吸い込み静かに湯船に潜った。
 水の中で体の向きを変えゆっくりと近づいた。
 微かに脚が見えた。まるで女の脚だな。なんでこんなに綺麗なんだ。
 でも、もう俺は騙されないぞ。

 俺は騙されないッ!
 真っ正面に廻り一気に湯の中から飛び出た。


 ――ザバァッ


「おちんちんびろ〜ん」
 ガニ股で両手を挙げて叫んだ。



「……あれ?」


 なにこのお約束。そのままの体勢で固まった。
 目の前に居たのは秋穂さんではなく、どっからどうみても金髪の女の子です。
 本当にありがとうございました。
 湯気であまり見えなかったが真っ白に透き通った柔肌と二つの膨らみが見えた。

「…………」
「…………」

 2人とも完全に動きが止まりしばらく沈黙が続いた。
 最初に沈黙を破ったのは金髪の少女だった。

「あ……あ……」
 左手で胸を隠し、俺の顔を指差してわなわなと震わせた。
「せ……れん……さん……?」
 まだ何が起きたのか俺は理解できていなかった。
 どうしてここにセレンがいるんだ。
 セレンの視線は俺の顔と股間を交互に往復し、みるみると顔が赤くなっていった。
「あ……あんた、なにしてるの……」
 拳が強く握られぷるぷると震えている。

 両手を前に出して必死に訴えかけた。
「お、おちっ……おちちっ、落ち着いてっ」
「あんたね……」
 謝らなくちゃ、とにかく謝らなくちゃ。
「ご、ごめんなさ――ひでぶっ!」

 バシッという音が風呂中に響き渡った。問答無用の平手打ちいただきましたぁっ。
 わずかに体が浮き、バシャンと勢いよく音を立て尻餅をついた。

「ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ。ごめんなさい」
 起き上がり何度も何度も頭を下げた。
 しかし許してくれる気配はない。
「い、いいから早くその、ソレ、隠しなさいっ」

 指差した方向を見るとそこには無防備にぶら下がったペニスがあった。
 慌てて手で覆い隠し腰を引いた。前屈みになりながらまた謝る。
「あの、さ、ごめん。秋穂さんだと思ってて。
 その、驚かそうとおもったんだ。まさかセレンだとは思わなくて」

 すると「はぁ」と、ひとつため息をつき湯船に浸かった。
「も、もういいわよ。混浴だって確認しなかった
 あたしもあたしだしね。わ、悪かったわね」

 悪かったという割りには思いっきり殴ったじゃないですか。
「一人だと思ってたからバスタオルも巻いてこなかったし、
 なによりあの出方はないでしょ。ありえないわよ」
「ごもっともです。申し訳ありませんでしたっ」
 股間を隠しながら浴槽に体を沈めた。

 どうやら脱衣所は男女別だったが中は繋がっていたようだ。
 よく考えればわかることじゃないか。
 入り口は隣り合わせになっていたし、地下といえどこんな広いものが2つもある訳がない。
 それに当たり前のようにローションがあるような風呂場だ。
 混浴でもおかしくはない。

「まったく……びっくりさせないでよね。あ、あんなもの見せて。
 子供の頃と大きさ全然違うじゃない……」
「え? 何が違うって?」

「う、うるさいわね。それよりあんた、あたしの裸見たでしょ?」
 ええ。はっきりと見ました。手のひらサイズに収まる2つの小さな果実をな。
 しかしそんなこと言ったら間違いなく今度はビンタじゃなく鉄拳が飛んでくる。
 ここは誤魔化すぞ。否定するんだ。

「エ? イヤ、ミテナイアルヨ?」
「なんでカタコトなのよ。あんたは出稼ぎに来たチャイニーズか」
「ごめんごめん。でもあんまり見えなかったんだよ」

「それって、あたしの胸が小さすぎて見えなかったってこと?」
「そうそう。昔から全然成長してないなお前は……
 ってちがーう!断じて違うぞ。
 湯気だよ湯気。湯気であんまり見えなかったんだよ!」

 勢いでノリツッコミしてしまった。
 昔、ノリツッコミはヘタだと言われたがヘタ打ったってレベルじゃない。
 やばい。なんか顔伏せて、怒ってる? 怒ってるのか?
 これは殴られる。歯を強く食いしばり目を閉じた。



 おろ? 殴ってこない。
 ゆっくりと薄目を開けて確認すると前屈みになったセレンが目の前まで近づいていた。

「やっぱり……」
 ん? なんだ。何がやっぱりなんだ。
「男の子ってさ、やっぱり胸大きい方が好きなの?」
 はい、女性が聞く定番の質問来ました。
 かくいう俺もこの質問何度かされましたよ。ええ、もちろんエロゲのヒロインにですが。
 そしてこの質問の解答にはテンプレがある。

“小さい胸にも大きい胸にもいいところはある”

“それに大事なのは胸なんかじゃなくお前自身の魅力が大事なのさ”

 この2つでフラグは必ず立つという統計が出ている。
 俺の中で!
 しかし俺は違う、ハッキリ言うぞ。濡れた髪を後ろにかきあげた。

「俺は大きいのが好きです、でも小さいほうがもーっと好きです」
 決まった。そう、俺はナイチチが大好物である。

「ほんと?」
 ああ、本当だとも。だがつるぺたじゃないぞ。
 あくまで年齢不相応に無い胸が好きなんだ。
 愛しているといっても過言じゃない。

「うん。それにお前はまだ成長時だと思うぞ。ほら揉まれたら大きくなるんじゃないか?
 あ、でも自分で揉んでもだめだぞ。
 男に揉まれることによって女性ホルモンの分泌が活発になって大きくなるらしい。
 昔読んだ雑誌に書いてあったから間違いない」

「……よかった」
 え? 良かったってなにが? 俺がナイチチ好きで良かったってことか?
 それとも雑誌で鍛えたこの知識が?

「あの……さ、あんた倉見さんと、その……えっちしたんだよね?」
 何かと思えばその話か。
 検査の時に明るみになったらしく色んな人に知れ渡ってるんだよな。
 ま、セレンには昨晩部屋から出てくるところを見られてはいたが。

「お、おう。したよ」
「あたしとも……その、したいって思う?」
 首を縦に振ると耳元で息がかかるくらいの距離でささやいた。

「あたしのおっぱい……あんたがおおきくしてよ」
 なんだ? セレンのやつ、いきなりエロくなった。

「とりあえずここじゃなんだから、移動しよ?」
 そう言って俺の手を引き、濡れた床の上に場所を移した。

 ちょっと冷たいけど、と言って彼女はあお向けになった。
 腕で胸と恥部を隠してはいるが、指の隙間から見える薄い恥毛が妙にいやらしい。

「あたし、初めてだから倉見さんみたいには出来ないけど
 ……がんばるから。だからあんたも優しくしなさいよね」
 頬を赤く染めながら視線を俺から逸らした。

 ずっとセレンの事はツンデレだと思っていたが
 こいつはまさかツンデレの派生型、ツンエロなのか?

「わかった。優しくするよ、セレン」

 風呂場のローションが役立つ時が来たようだ。

前のページ 次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system