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第八章:波乱の日々


 朝、ザーザーという雨音で目が覚めた。
 ここ数日、雲ひとつない快晴が続いていたのに珍しく雨が降っていた。

 今日はあと30分ほどしたら訪問職員が来て女性は全員定期検診らしい。
 俺は交換したい女性がいないか聞かれるわけだけど特にいないし今日は早く終わるだろうな。

 一階の居間で新聞を広げコーヒーをすすった。
 新聞で見るのは番組欄と1ページめくったところにある4コマ漫画。
 それ以外は見てもわからん。とりあえずコーヒーが美味い。
 最初にこの家に来たときは外見にまず驚いた。だけど本当に凄いのは外見じゃなかった。
 まず部屋数。1階は俺の部屋の他に4室あり、2階は女性専用の部屋が15室もある。
 さらに居間には大テーブルがあってキッチンは通常家庭の約5倍もの広さ。
 そしてこのコーヒーだがこれはドリンクバーで淹れたもの。家にドリンクバーがあるなんて驚きだ。

 さらに地下には大浴場があるらしい。昨晩はすぐ寝ちまったし、今日の夜にでも使ってみるか。
 金持ちの風呂って言ったらやっぱりこう、ライオンの形をした壁泉ってのがあるのかな。口からドポポみたいな。楽しみだ。

 そして極めつけに一般家庭ではありえない人達がいる。
 それはメイドさんだ。しかも2人も。
 彼女たちは料理、洗濯などの家事全般をやってくれている。
 セレンの家にも居たらしいが、まぁアイツは普通の家庭じゃないしな……。

 それにしても同居人の女の子たちだけじゃなくメイドさんまで居るなんて
 これなんてハーレム? 夢のようだ。

 そういえば今日来る訪問員も女性らしい。
 一体どんな人が来るのだろうか。
 ボンキュッボンならいいな、そんな事を考えているとピンポーンとチャイムの音が部屋に響き渡った。

「お。きたかな?」
 玄関に向かおうと立ち上がったときだった。
 タタタと足音が聞こえ2階から人が降りてきた。
「はーい。今でますー」
 この声は2階で掃除をしていたメイドさんの一人だ。
 名前は確か……

「由紀さんっ! 俺が出ますよ!」
 咄嗟に立ち上がり彼女の声がした方へ駆け寄った。
「由紀さん、俺が出ます。すみません、掃除してたのに」
 階段を降りてきたメイド姿の彼女を見上げて言った。

「いえいえ。私の仕事ですから。
 ご主人様はゆっくりお休みになっていてくださいまし」

 やっぱり由紀さんは綺麗な人だなぁ。なんかまったりしてるし。
 しかもご主人様だなんて……くぅ〜たまんねぇなおい。
 なんてオヤジみたいなことを考えてしまった。

「いやいや、おそらく訪問員さんですし俺が出ます」
 そう。美人訪問員を最初に拝むのは俺だ。
 美人じゃないかもしれないが美人と信じたい!
「いま開けます!」
 そう言って、はりきってドアを開けた。


 ――ガチャ


 しかしそこにはよく知っている人間が立っていた。
 俺は膝から崩れ落ちた。

「なんで、なんで秋穂さんなんですか……」

 そう、秋穂さんだった。
 俺が女性だと勘違いしていたあの秋穂さんがそこにいた。

「君ね、いきなりあからさま過ぎるでしょ。ボクじゃ不満だった?」
 いや不満というか、不満ですけど。
 顔をあげて秋穂さんに向けながら答える。
「あ、いや、日曜の定期訪問員さんは女性だと聞いていたもんで」

 すると秋穂さんは自分の胸に手をポンッと当てた。
「ボクも心は女性なんだけどなぁ。いや正確には男性が好きなだけなんだけど」
 俺が立ち上がり一歩後退りすると「あ、平気平気」と手招きをした。
「ボク君みたいな子供はタイプじゃないから。ボクはもっとダンディなおじさまが――」

 そう言いかけたところで言葉を遮った。
「そんな情報いりませんから。んで秋穂さんが訪問員なんですか?」
 核心にせまってみた。俺の淡い妄想を返せ、この野郎。

「え? いや違うよ。僕は今日は代理できただけ。今日来る予定だった人が病欠でさ、
 いやぁ困ったよ。今日見たいドラマがあったのに上の命令で――」
 なんだ代理か良かった……ってドラマかよ! 仕事なんだから真面目にやってくださいよ。

「てことでボクはドラマみるために今日ここに泊まるからよろしく」
 親指を立ててはにかんできた。おいおい、泊まるのかこの人。

 そういうと秋穂さんは後ろを向いて外で待機していた人達に話しかけた。
「という訳でみなさん、入ってくださーい」
 その声を聞いて白衣の人達がなにやら機械を持ってぞろぞろと家に入ってきた。
 こりゃ大掛かりな検査になりそうだ。玄関は大勢の医者と医療器具で溢れかえった。

「それじゃ女性の皆様を2階で検査するから君は1階でボクと少し話をしよう」
 あなたただ1階の65型フルハイビジョンプラズマテレビで昼ドラ見たいだけちゃうんかと小一時間、問い詰めたい。


「秋穂さん、飲み物コーヒーでいいですか?」
「うん。コーヒーでいいよ。あ、ミルク2つで砂糖5個ね」
 砂糖多すぎだろ、糖尿病なるぞあんた。
 案の定、話なんかせずにこの人はまったりしてる訳だが。ほんと何しに来たんだか。

 というか俺がコーヒー淹れてる間になんでこの人ソファーで足組んでるの。
 俺がぶつくさ言っていると秋穂さんが話しかけてきた。

「そういえばさ、昨日は誰かとエッチしたの?」
 おいおい。いきなり直球ド真ん中ストレートだな。
 でも研究のデータとかに必要なのかな。一応素直に答えておくか。
「しましたよ」

「ふーん。初夜とはいいね。ちなみに誰としたの?
 あ、これ興味本位で聞いてるだけだから。研究とか関係ないからね」
 興味本位かよ。まぁ研究員だし答えても問題ないかな。

「そりゃ一番清楚な感じがした倉――」
 そう言い掛けたとき、2階から大きな声が聞こえた。
「秋穂さーん。ちょっと来てくださーい」
 秋穂さんは腕時計を確認して「あと5分でドラマが始まるのに」と、ぼやいた。

「ごめん、ちょっと行ってくる。すぐ戻るからチャンネルそのままね!」
 なにその番組の出演者がよく使うセリフ。
 走って居間から出て階段を駆け上がっていった。
 どんだけドラマ見たいんだ、主婦かよ。


 すると1分もしないうちに階段を下りてくる足音が2つ聞こえた。
 騒々しい人だなぁ。
「ドラマまだ始まってないですよ、間に合いましたね」
 息を切らして居間に来た秋穂さんに向かって言った。後ろには何故か医者もいた。

「それどころじゃないんだ! 君も今すぐ検査を受けるんだ」
 え? なんだどうしたっていうんだ。いきなり検査だなんて。
「どうしたんですか? 落ち着いてください」
とは言ったものの2人の話を聞いて落ち着いてはいられなかった。



「――というわけで彼女は入居前、偽造の診断書を知人の医者に作らせていたそうだ」

 突然のことで動揺しながらも尿検査の結果を待ち、考えていた。
 昨日俺が関係を持った倉見さんは重度のセックス依存症で、
 性病持ち。

 しかしどうしてもこのプログラムに参加したかった為に診断書を偽造したらしい。
 そして検査時に彼女の膣内から精液が検出され、俺との性行為が露呈した。
 そう、俺も感染してる疑いがあるというのだ。

 倉見さんのあの上品さとお日様のような笑顔が突然汚いもののように思えた。

 両手で顔を覆い隠しうなだれた。
「そんな、そんな……倉見さんが……そんなはずない……」

 秋穂さんと医者の話し声が聞こえる。
 マクロライドだとかケトライドとか言ってる。なんの話だ。
 通常、感染発覚と結果が分かるのに3日ほど要するらしいのだが最新の技術がどうとかですぐ分かるようになったらしい。
 3日待つのも嫌だがこの場で「感染しています」なんて言われるのも嫌だな。


「検査結果出ました」
 その声でハッと顔を上げた。どうなんだ、俺は性病にかかってしまったのか。

 沈んだ顔の俺に医者は微笑んだ。
「検査結果は、尿検査・粘膜検査共に異常なしです」

 安心感から一気に肩の力が抜けた。
 秋穂さんと医者もホッと胸を撫で下ろしたようだった。

「よかったよ。話を聞いたときは心臓が止まるかと思った。
 君の生殖機能停止イコール、人類絶滅だからね」
 秋穂さんがハンカチで額の汗を拭いながら
「それと、あの子は強制退去になるから代わりの女性をこの中から選んで」
 とテーブルに置いてあったファイルを指差した。

 倉見さんのことをかばい立てする必要もなかった。
 初体験の思い出がこんなことで印象付けられてしまうなんて。
 偽造なんてする人間はだめだ。信用のある人間を選ばなくちゃ。

 昨日ミラさんに貰ったファイルをめくり、女性を探す。

「ん。この人良さそうだな。少子化対策研究所の職員さんじゃないか。
 というか職員さんもプログラムに参加するのか。秋穂さん、この人でお願いします」
ショートカットで茶髪のどっからどう見ても公務員に見えないお姉さんを選んだ。

「纏……マトイさんって読むのか。和風な感じの名前でいいな」

「藍田纏さんね、来週の日曜には来れるように手配しとくからその時またよろしく」
 あれ? 藍田って何処かで聞いた名前だな。……思い出せないけど。

「わかりました」と返事をすると
「それじゃボクはこの事を報告しに戻らなくちゃいけないから一旦帰るね。
 夜のドラマ見たいからまた戻ってくるけど」
 と言ってファイルを手に取り足早に出て行った。

 また戻ってくるのか、そのまま家に帰ればいいのに。
 なんかどっと疲れが出てきた。ソファーにもたれて、ゆっくりと目を閉じた。




 ――カチャ カチャン


 食器同士が当たる音がした。目を開くと周りは薄暗く、体にはふわふわの毛布が掛けられていた。
「あれ、いつの間にか寝ちゃったのか。ふぁ〜ぁ」
 大きなあくびをして辺りを見回した。

「あっ、すみません。起こしてしまいましたか?」
 食器を洗っていた女性が振り返り、頭を下げた。

「あ。いえ、大丈夫です」
 顔はよく見えないけどこの声はメイドの由紀さんだ。

「お疲れのようでしたので起こさなかったのですが、食事の方はこちらに用意しておりますので」
「すみません。ありがとうございます」
「それでは失礼いたします」
 彼女は一礼をして1階の自室へと戻っていった。

 そうか、メイドさんは俺と同じ1階の部屋だったのか。
 それにこの毛布、由紀さんが掛けてくれたのだろうか。ありがたい。

 ふと壁掛けの時計を見ると針は23時を指していた。
 ここ2、3日肉体的にも精神的にもハード過ぎたのか目を瞑っていたせいか寝てしまったようだ。
 ご飯を食べたらゆっくりお風呂に浸かって疲れを落とそう。

「よっこらせ」と椅子に腰掛けた。
「こんな時間だし、もうご飯冷めちゃったよなぁ」

 傘状の薄布が張られたフードカバーを外すと、まだほんのりと温かいおにぎりと野菜たっぷりのポトフがあった。明らかに少し前に作られたものだった。
「もしかして由紀さん俺の為にわざわざ作ってくれたのか……」
 無我夢中でガツガツと由紀さんの手料理を食べた。

 体の芯から心まで温まる美味しい料理だった。

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