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第七章:誤解を解きたいんだ


 なんとか居間に連れてくることには成功した。しかし一体何から話せばいいんだ。
 咄嗟に連れてきてしまっただけで何も考えていなかった。
 そんな俺に眉間にシワを寄せて金髪ツインテは追い討ちをかけてきた。

「で、なんの話? 今日はあたし早く寝たいんだけど」
 うわぁ。怒ってるよ。絶対怒ってる。
 言い訳がましいのも、遠回しにいうのももうだめだ。
 はっきり聞かないといつまでだってもこのままだ。

「あのさ西園寺、なんでそんなに俺に辛くあたるんだ?」
「え? あんた何を――」
 ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして彼女が不思議そうに言う。
 そんなに父親が嫌いなのか? それとも単に俺が嫌いなのか?

「全部誤解なんだよ。あの鞄は君のお父さんにもらったもので、別に俺は君のお父さんのファンでもなんでもないし、 君がグレアム家のお嬢様だなんて知らなかったんだ」

「うん。パパから聞いてるわよ。パパ、あんたのこと覚えてたみたいであんたに鞄贈った
 って電話で言ってたし。こっちは覚えてるのにあんたは忘れてるって皮肉なものよね」

 あれ、なんか話が噛みあってないぞ。まるで前々から俺のことを知ってるような口振りだ。
 もしかしてどっかで会ってて、知り合いだったりするのか?

「昔のことだからちょっと忘れてるだけだと思ってたのに、あんたすっかり忘れてるのね」
 俺を見て彼女は「呆れた……」と呟き、大きな溜め息を吐いた。

「あんたさ、あたしのこと西園寺って呼んでたけど名前聞いてなにも思い出さないの?」
 結構珍しい名前だし、一度聞いたら忘れそうもないんだが思い出せない。
 しかもお父さんが俺の事を覚えてるって事は家族ぐるみの付き合いがあった可能性が高い。

「セラ。これで分かる?」
「セラ……?」
 記憶の中にあるセラという名前の人間は一人しか思いつかない。
 幼稚園から中学校に上がる前までいつも一緒に遊んでた子だ。
 確か実家の隣にあったお寺の一人娘で名前が……西園寺。あれ?
 幼い頃の記憶を手探りでひとつひとつ辿っていく。
 お父さんは外国の人だったけど日本語がペラペラで
 時々、遊びに連れていってくれたりよくしてくれたっけ。
 昔の記憶がだんだんと蘇ってきた。

「さいおんじ……せら……?」

「そうよ。思い出した? セラは愛称。本名はセレン・西園寺・グレアムよ」
 思い出した。そうだ、幼馴染のセラだ。何故忘れていたのか不思議なぐらいだ。
 というのも俺とセラは家が隣同士で幼稚園、小学校とずっと同じクラスだった幼馴染。

 感極まって思わず抱きしめた。
「ああ……セラ! セラなのか久しぶりだなぁ!」
「ちょ、ば、ばか。なにしてんのよ、離しなさいよ」
 俺の胸を押しのけながら「あたしはまだ許してないんだからね」と頬を膨らませた。

「許してくれよ。だってさ髪も昔はショートカットだったのにツインテールになってるし、
 ずっとセラって呼んでたし、会うのだって十年数年ぶりくらいだろ?」
 それでも名前で気づけよ俺。って感じだがここは褒めてごまかすしかない。
「まぁそうだけど、それでもあたしは――」

 モテる男の三カ条、女は運命という言葉に弱い、男に必要なのは余裕に続いて最後の一つ、
 “女を褒めるのがうまい男はモテる”

「それにさセラ、すっげえ美人になってるんだもん。気がつくはずないよ」
「えっ? あたしが……美人……?」
「そうだよ。まさかこんなに美人になったセラに会えるなんて思ってもなかったよ。
 まぁ気の強さは変わってないけどな、ははは」
 ってしまった。つい本音が出てしまった。

「あんたね……」
 右手の拳を握り締め、わなわなと震わせた。
 まるで背後からゴゴゴゴと効果音が聞こえそうな雰囲気だ。

「今日の昼に最初に会ったときのこと覚えてる?
 こっちは久しぶりに会うあんたをびっくりさせてやろうと思ってたのに
『はじめまして』とかばかじゃないの。金玉蹴り飛ばしてやろうかと思ったわよ。
 まぁ、あの職員さんが居たから蹴らなかったけどさ」
 金玉はやめてくれ。人類の運命は俺に掛かっているんだぞ、精子が出来なくなったらどうしてくれるんだ。

「あとさ、あたしの事、セラって呼ぶのやめてよ。
 あの職員の人と名前似てるじゃない。それにあんたには名前で呼んで欲し――」
 ん? 最後らへんがよく聞こえなかった。でも確かに紛らわしいな。
「わかったよ。これからはセレンって呼ぶことにする」
「うん!」
 よっぽど名前で呼んで欲しかったんだな、セレンのやつ。
 こっちまで嬉しくなるほど笑顔だ。
「そういやさ、最近日本に戻ってきたのか?」
「うん、1週間前にね。今回の事件でパパったら『跡継ぎがいないと大変だー』とか言って
 あたしをこのプロジェクトにいれたのよ。ここの機関に多額の寄付をして、ね。
 まぁあたしとしても相手があんただったから――」
 コイツ、いつも語尾が聞こえない。わざとやってるのか?

「ごめん。最後らへん聞こえなかった。なんだって?」
「う、うるさい、ばか。もう夜遅いんだし寝なさい!」
 顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「まったく。明日の検査にひびくから早く寝ようと思ってたのにもうこんな時間じゃないの」
 壁に掛けてあった時計を見てセレンはぶつくさと文句を言った。

 あぁ、そうか。明日は日曜日だったな。それにしても入居した翌日が日曜日だなんて。
 8回も中出ししたとはいえ、倉見さんもいきなり妊娠はないだろう。
 俺も交換するひとはいないし、きっと明日は何事もなく終わるかな。

「引き留めて悪かったよ。でもセレンの事がわかったし、
 なにより幼馴染のセレンと喋れてよかった。
 急にこんな事になって誰も知り合いいなくて心細かったんだ。
 また時々こうして話してもいいか?」

「もちろんよ。い、いつでも部屋に来なさいよね。
 あ、でも勘違いしないでよね。
 えっちするとかじゃなくて、その……普通に思い出話もしたいし」

「ああ。ありがとう。じゃセレン、おやすみ」
「うん。また明日」
 2階に上るセレンを見送った後、自室に戻った。

 疲れたし、今日はもう寝よう。電気を消してベッドに寝転んだ。

 そういえば、人と喋るのはあんまり得意じゃないのに
 セレンとは気兼ねなく喋れたな。やっぱり昔の友達だからかな。

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