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第一章:エロ・ストーリーは突然に


「うおっ、さぶっ」
 暖かな店内から外に出ると冷たい空気が俺の全身を襲った。手がかじかみ凍えそうな寒さで、俺は上着のポケットに手を差し込み、指を曲げたり伸ばしたりした。
「今日は、だいぶいい物を仕入れられたな。……しかし、どこもかしこも何でこんなに明るいんだ?」
 
 大量に買った本を脇に抱えながら辺りを見回してみると、赤と白の布やイルミネーションで街中が彩られていた。しかも尋常じゃないほど人が多い。
「今日ってただの平日だよな?」
 俺が不思議に思っていると、スタイルのいいミニスカートの女が話しかけてきた。
「ねぇ、お兄さん。暇してる?」
 これが巷で噂の逆ナンパというものだろうか。都市伝説だと思っていたが実際にあるとは思いもよらなかった。「童貞の俺、歓喜!」などと僅かレイコンマ1秒で考え、女に即答した。
「ええ、そのようです。きっとあなたに会う運命だったのでしょう」
 昔買った雑誌に“モテる男の三カ条”というのがあり、そのひとつに“女は運命という言葉に弱い。上手く使いこなすべし”と書かれていた。これでこの女はイチコロだな、間違いない。
 ただしイケメンに限るらしいが、逆ナンパをされたんだイケメンじゃなくても効果は発揮するはず。なんの根拠もなかった俺だが、何故か自信に満ち溢れていた。

 しかし、女は口に手を当てながら笑ってこう言った。
「うふふ、面白い人ね。ますます興味が湧いたわ。時間あるのなら、ちょっと付き合ってくれない?」
 なぜ笑ったのかわからないが、つかみはバッチグーのようだな。さすがは俺、天才。
 俺は「ちょっとではなくもう今すぐ付き合いましょう! いやむしろ今すぐホテルに行って筆下ろししてください!」と言いたい衝動を抑え、笑顔で答えた。
「ええ、喜んでついていきますとも」

 しばらく話しながら歩いていると、女は「あっ」と思い出したようにポケットから一つの小さな宝石箱を取り出し言った。
「今から行く場所ね、入場料の代わりにこの宝石がいるんだけど……今、お金持ってるかな? 3万円なんだけども」
 入場料の代わりに宝石がいる場所なんて聞いたこともないが、童貞の俺が知り得ない場所があるのだろう。それにモテる男の三カ条に書いてあった。“余裕がある男は女にモテる。ケチるべからず”

 つまりお金に余裕がないとモテないのだ。

 幸いなことに俺はニートでもお金を稼ぐいわゆるネオニート、お金にはさほど困っていない。
《古本屋から安く本を仕入れてそれをネットオークションで売りお金を稼ぐ、せどりをしている》
 とまたもレイコンマ5秒ほどで考え、すばやく財布から3万円を取り出して宝石箱と交換した。
「はい。これ3万円です」
 3万円を受けとると彼女は『それじゃあ受付に行ってくるから少しここで待っててね、戻ってきたら2人でその場所でイイコトしましょう』と俺の手を握り胸に数秒押し付けた後走っていった。



 女は3時間経っても戻ってこなかった。
 呆然とした状態で棒立ちのまま、小さな宝石箱を開けてみると宝石の下に紙が入っていた。

 “夢が一つだけ叶う宝石です”

 これはいわゆるアレか。ツボを買わされるみたいなよくある詐欺なのか。
 どうして俺は気づくことが出来なかったのだろう。
 まず俺なんかが逆ナンパされる訳がない事、そして受付に何故一人で行く必要があったのか。きっと店に連れていって契約させなくとも俺なら余裕で金を取れると思ったのだろうか?
 全く失礼な奴だ。余裕で取られたけども。
 それにしても胸に手を押し付けられただけで3万円なんて高すぎる。せめてパフパフくらいさせてくれたっていいじゃないか。童貞心を弄ぶなんてあまりにも酷すぎる。

「騙された」
 俺は舌打ちをして、その宝石をポケットの中に乱暴に突っ込んだ。
 流れる雲を見上げ、ひとつ深呼吸をする。
「悪いことは忘れよう。俺は誰にも会ってないし、何も買わなかった。きっと悪い夢でも見たんだ」
 言葉にすることにより心を落ち着かせることにした。
 しかし街を歩いているとカップルが異常に多いことに気づく。そうか今日はクリスマスなのか。

「悪夢だ」

 悪いことは重なるというが本当なんだな。
 しかし……どいつもこいつもキリスト教でもない癖に騒ぎたてやがって。何がメリークリスマスだ。だんだんと落ち込んでいた気持ちが怒りに変わっていくのがわかった。
 俺は本日2度目の舌打ちをして幸せそうなカップルたちへ向かって叫んだ。


「リア充は爆発ッ――は飛び散って汚いから! 男は俺以外全員ちんこ溶けてしまえ!」

 そうだ俺以外の男はちんこ溶けてなくなればいい。そしたら必然的に子孫を残せるのは俺だけになり俺だけがリア充になれるんだ。
 俺が叫ぶとポケットに入れていた宝石が突然、光を発し勝手にポケットの中から出て宙に浮かんだ。
 
「え? なんだこれ。え?」
 あまりの出来事に驚いているとどこからか声がした。まさかとは思ったが宝石の方から声が聞こえたように思えた。

『汝の願い聞き入れようぞ』

 そう宝石が言うとパリンと音を立てて宝石が砕けちると同時にまばゆい光があたりを包みこんだ。
「な、なんなんだ?!」
 俺が挙動不審にあたふたしていると、今まで女とイチャコラしていた周りの男たちが次々と股間を押さえ倒れ出した。



 昨日あれからどうやって家に帰ったのか正直覚えていない。
 覚えているのは3万円で掴まされた宝石が突然喋ったと思ったら光り出し、周囲の男たちがうめき声をあげて倒れたことだけだ。
 あれからなぜだか怖くなって走って帰ったのだろう。よく覚えていないが。
 そして俺は今、テレビでニュースを見ている。朝からどのチャンネルにしても同じような内容のニュースばかり。

 ニュースキャスターが原稿を読み上げる。

 “突如男性の生殖器が溶ける事態が発生。新型ウィルス? はたまた隣国の生物兵器か”
 “入院男性の男性器は生殖器としての機能が完全に死滅”
 “男性器がついている方を募集”

 などと普段のニュースではありえない言葉を美人キャスターが読み上げていた。
「なんか興奮するなぁ」つい本音を漏らしてしまった。いけない、いけない。不謹慎だった。

 しかし現実感がないが、どうやら俺があの時に言った言葉が原因らしかった。
 にわかに信じがたいが夢が叶うという宝石、俺があの時叫んだ言葉。
 この2つからいって完全に俺が原因だし電話、かけてみるか……。
 画面にはこう映し出されていた。

 “男性器をお持ちの方を緊急募集! まずはこちらにお電話を!”

0120―A721―4545

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